赤いフードの偽物姫と黒いフードの人外陛下〜敗戦したので売国しに乗り込んだら、何故か溺愛生活始まりました〜
「そうか」

 短く了承を告げられ、グレイスはひとまず息をつく。
 とりあえず、及第点。首の皮一枚繋がっている。
 自分に大丈夫と言い聞かせたグレイスは、

「では、私はこれで失礼いたします」

 と淑女らしく礼をして背を向け静かに歩き出す。

「ああ、そうだ」

 出口に差し掛かったところで、今思い出したとばかりにキャメル伯爵が口を開く。

「シエラ・フォン・リタだが、女官見習いとして後宮に入り、今は溝鼠(イザベラ)に仕えているそうだ」

「左様ですか。でも、私には関係ありませんわ」

 振り返らず、素っ気なく答えたグレイスは微塵も動揺した素振りを見せずそのままドアから出て行った。
 静かに、いつも通りの優雅さで。
 だが、一歩また一歩と立ち去る速度は徐々に速くなり。
 キャメル伯爵の気配が全く感じられない距離まで離れてから、

「……っ、なんでよ」

 顔を歪めたグレイスは思いっきり壁をグーで殴った。

「……シエラ。なんで、あなたが後宮(そこ)にいるのよっ!!」

 グレイスは首元に手をやれば、お守りのように付けているペンダントに触れる。

『グレイス、大好きよ』

 思い出すのは、無邪気にはしゃぐ幼馴染達の姿。
 武器商人ジェシカ・ローウェンの役目は辛いモノだった。
 だけど、彼女達といる時だけは普通の令嬢でいられたのだ。
 それは、一族誰からも愛されない生け贄(スケープゴート)のグレイスにとって唯一心の拠り所(幸せな時間)だった。
 ジェシカ・ローウェンの名を継いでから、どんな犯罪にも手を染めた。
 帝国を乗っ取る計画を聞かされた時、多くの犠牲が出るだろうことは容易に想像できたがさして心は痛まなかった。
 だが、一方で誰にどう思われても構わない。けれど、彼女達だけはどうしても守りたいと思った。
 それは操り人形として育てられたグレイスの初めての反抗だった。
 計画通り、ドロシーは無事想いを寄せていた辺境伯に嫁いで首都圏から離れたし、アルカだって魔塔に留学する形で帝国から離れた。
 一番動きそうになかったシエラは失態を重ねさせることで修道院に送り、安全を確保するはずだったのに。
 帝国を手にしようとする醜い男達の手によって近いうち戦場となる首都圏に、シエラはまだいるという。

「そこは、危険なのよっ」

 淡い薄桃色の髪と薔薇色の大きな瞳で屈託なく笑う彼女を思い浮かべたグレイスは、

「……お願いだから、逃げて」

 と悲痛な声でつぶやく。
 だが、グレイスの嘆きは誰の耳に入ることもなく、ただ暗闇に消えて行った。
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