赤いフードの偽物姫と黒いフードの人外陛下〜敗戦したので売国しに乗り込んだら、何故か溺愛生活始まりました〜
「……イザベラ?」

 セルヴィス様に名を呼ばれ、はっとして我に返り、そっと手を離す。
 イザベラが褒められたのが嬉しくて、つい素が出てしまった。

「お褒め頂き光栄に存じます。褒められなれてなくて、少々はしゃぎ過ぎました」

 私は自分を落ち着けて、交渉に戻る。

「陛下のおっしゃる通りですわ。私がここに来たのには勿論、目的があってのことです」

 さて、私は何をしに来たでしょう? と少々冷めてしまったミルクティーを口にして微笑む。

「目的、ねぇ。そのために身を挺して愚王から守ってきた大事な国を放置してきてもいいのか?」

 興味深そうに言葉を紡ぎながら、じっと私を探るような目は冷静で。
 ほんの少しでも躊躇ったら、狼に喉元を喰いちぎられ一瞬で仕留められそうだ。

「ご心配なく。国には優秀な家臣がおりますので私が多少不在にしていても大丈夫なのですよ」

 なので、私はあえて余裕の笑みを浮かべてハッタリをかます。
 まぁ、実際今国がどうなっているのかは分からないけれど、国には本物のイザベラもいる事だし、きっと大丈夫だろう。

「……多少、ねぇ? まるでこの国から出られるとでも思っているみたいだ」

「あら、手の付かない側妃が下賜される。あるいは、子ができなかった姫が役目を終えて帰国する……なぁーんて、ありふれた話。帝国の主であるあなた様が、ご存知ないわけないでしょう?」

 その権限をお持ちなのは陛下お一人なのですから、とティーカップを静かに置いて私は真っ直ぐ紺碧の瞳を見つめ、

「最近、とても賢いワンコがこの宮を訪ねてきてくださるの」

 手札を一枚差し出す。
 私が机の上に置いたのは、昨夜狼からもらった聖水。

「こちらはお返しいたします」

 狼の正体は追求せず、私はそれをセルヴィス様に渡す。

「私の妊孕性をご心配ならそれは不要です。あの薬は確かに強力ではありますが、飲み続けなければ生殖能力を失わせることはできない」

 尤も、毒も薬も効かなくなりつつある身体だ。そもそも私に妊孕性があるのかも疑わしいし、仮にあったとしても。

(子を生むには十月かかる。どのみち私にはそれほどの時間は残っていないでしょうね)

 焦がれるように思い描いた"普通の幸せ"など、遠い昔に諦めた。今更そんなもの私には必要ない。

「毒と薬は紙一重。セットでなければ価値がない。とはいえ、すぐに出すのは得策とは言えませんね。それが入手困難な代物なら尚更」

 それとも私如きでは、あなたに何もできないとお思いで? と笑う私に、

「何故飲まなかった」

 静かな怒気を含めてセルヴィス様が尋ねる。

「聖水にはただの薬を無効化できる効果がないからです」

 聖水の効果はせいぜい魔法の緩和程度。聖水を生成した術者の力量にもよるが、魔法の無効化が限界で、特定の物質を取り除いたり変化させる効果はない。
 そして、遅延魔法をかけている身としては魔法の緩和は非常に困る。

「この世に完璧な万能薬などありはしないのです」

 もしそんなものがあるなら、私はどんな手段を使ってでもお母様に飲ませただろう。だが、そんなものは存在しない。
 それがありとあらゆる文献を読み漁った私の出した結論だった。

「そう、なのか」
 
 私の説明に驚いたように聖水を見つめるセルヴィス様。
 聖水は何にも勝る万能薬。それが聖女のいない今の世界の常識なのだから当然だ。

「万能薬が欲しいなら聖女でもお探しくださいな」

「……聖女、か」

 私の言葉に雲を掴むような話だな、とセルヴィス様は失笑する。

「あら、知らないだけですでに身近にいるかもしれませんよ?」

 ないモノをないと証明する手段はありませんからと私は肩をすくめる。

「奇跡は待っていたって起きないんですよ」

「それには同意する」

「では、神様に縋るような奇跡を祈るのではなく、現実的なお話をしましょうか」

 暴君王女の傲慢さを意識しながら、私は言葉を紡ぎ、指を上に向ける。

「陛下のご明察通り、敗戦したからといって大人しく諦めてやるほど私は可愛い(タチ)ではございません」

「……国の頂点、ではないな」

「お忙しい陛下には"管理者"が必要でしょう?」

 異国の知識はいりませんか? と私は自分を売り込んだ。
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