赤いフードの偽物姫と黒いフードの人外陛下〜敗戦したので売国しに乗り込んだら、何故か溺愛生活始まりました〜
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 静寂の中、空を見上げる。
 月も星明かりもない、冷たく暗い夜。
 暗殺にはうってつけ、と小さくつぶやくグレイスの紫紺の瞳は凪いだ水面のように静かで、なんの感情も浮かんでいなかった。

(クローゼアにまで連れて来るなんて大した寵愛ぶりだこと)

 グレイスは見張からの報告書に書かれていた彼女、オゥルディ帝国皇帝の寵妃であるイザベラの最近の動向を思い出す。
 具合が悪い日が続き、人前に出なくなった。
 後宮には必要最低限の女官しか出入りさせなくなった。
 身体を締め付けないデザインのドレスを纏い、踵の低い靴を合わせるようになった。
 アルコール類に口をつけなくなった。
 茶会ではカフェインレスの飲み物を指定するようになった。
 日常的に炭酸水を好むようになった。
 ひとつひとつは些細な変化だが。

『知っていて? ジャスミン茶って自律神経を整えてくれたり、美容に効果的な淑女のためのお茶なんですって』

 かつて、イザベラを主宰したお茶会に呼んだ時、

『でも、妊婦にはオススメできないの。子宮収縮効果があるから』

 そう言って笑い目の前にあった蜜を自ら茶に垂らした。
 彼女には毒や薬学の知識がある。
 そして、そんな彼女が細心の注意を払い生活しはじめたのなら、そこから辿り着く結論は一つだけ。
 孕ったのだ。
 セルヴィスの子を。
 敗戦国の王女。所詮は人質で名ばかりの寵妃かと思っていたが、皇帝陛下のイザベラへの入れあげようは確かで。
 二人の親密さからそれがいつ起きても不思議ではなかった。

「でも、困るのよねぇ。そこは、私の席なのだから」

 キャメル伯爵(父親)からそう命令されている。
 そこにグレイスの意思はない。
 ただ裏社会の支配者の願いを汲み取り実行するだけ。
 それがジェシカ・ローウェンを継いだ自分に与えられた役割なのだから。
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