赤いフードの偽物姫と黒いフードの人外陛下〜敗戦したので売国しに乗り込んだら、何故か溺愛生活始まりました〜
「そんな……こと、できるわけ」

 消えそうな声で反論するグレイスに、

「美味しいでしょ。毒に怯えずに飲めるお茶は」

 私は静かにそう言葉を重ねる。
 ぐっと、何かを堪えるように紫紺の瞳が揺らぎ、グレイスは黙り込む。
 色んな感情がごちゃ混ぜになって、どう返せばいいか分からないみたいに。
 その気持ちなら少しだけ分かる。
 私も"安全"とは無縁の場所で生きてきた。だからセルヴィス様から与えられた安全の保証が当初は信じられなかった。
 だけど今は何度だって差し伸べてくれたその優しさを信じているし、毒に怯えなくていい食事に毎日感謝している。
 そして思うのだ。これが誰にとっても"当たり前"であったら、と。

「ああ、そうだ。あなたの計画だけど、失敗するわよ。満月の呪い解いちゃったから」

 だから私はグレイスを更に追いつめる。
 彼女に気づいて欲しいから。

「嘘よ! 獣人の力の暴走は簡単には抑えられないはずよ」

 信じられないと言いたげな表情で叫ぶグレイス。

「やっぱり、陛下が獣人の力をお持ちだと知っていたのね」

 以前セルヴィス様が自身の特性について"別に隠していない"と言っていた。
 宮廷内、それも上層部に出入り出来る立場であるキャメル伯爵なら知っていても不思議ではない。そしてその情報は当然グレイスに共有していたはずだ。

「だから、わざわざ満月の夜を待ってクローゼアに仕掛けることにしたのでしょう? 陛下が動けないように、と」

 だけど、セルヴィス様の弱点とも言える満月はミリア様の残した薬のレシピによって克服済み。
 薬の効果がどれほど持つか検証中だったため、セルヴィス様は今までと変わらず満月の夜姿を消していた。だからそこまでは把握されていなかったのだろう。

「お生憎様。陛下が弱点を克服された以上、事を収めるのに数日とかからない。そんな僅かな隙に帝国を落とすなんて不可能だし、そもそも隙ができないように陛下はすでに手を打っておいでよ」

 テーブルに置いた書類にグレイスが手を伸ばす。
 その手紙にはセルヴィス様からの要請を受けドロシーが嫁いだ辺境伯家が全面的に協力する旨が書かれていた。
 いくらセルヴィス様が圧倒的な力を持っていたとしても、結局は数の力には敵わない。
 なら、こちらも数を増やせばいい。

「元々辺境伯とは面識があったそうよ。幼少期から度々戦場に送り込まれていたから。その上、セルヴィス様の正妃候補であった想い人(ドロシー)を正規ルートで辺境伯家に迎えられた。断る理由はないでしょう」

 呪い子と呼ばれ、多くの身勝手な人間に死を望まれても高貴な血を引くが故に表立って処分できなかったセルヴィス様。
 そんな中でも自分を見失わず生に手を伸ばし続けたセルヴィス様が結んできた縁は確かに今の一手に繋がっている。

「さて、ゲームも終盤。このままならあなたは負ける」

「……そう、ね」

 きっと死ぬ覚悟はとうの昔にできているのだろう。まるで処刑宣告を待つようにグレイスの瞳から生気が消えた。

「でも、それではつまらないわ」

 抵抗しないグレイスの紫紺の瞳を覗き込み、

「偽物を切って終わり、なんて興醒め。何よりあなたはクローゼア(私のモノ)に手を出そうとした。死んで楽になんてさせないわ。絶対に」

 私はキッパリと宣言した。

「……私に、何をさせるつもり?」

「ふふっ、話が早くて助かるわぁ。私を最期のお客にしてくださる? 武器商人、ジェシカ・ローウェンの」

 ジェシカ・ローウェンの名にグレイスの瞳が不安で揺らぐ。それを見ながら、

「ローウェンファミリアとの繋がりを暴き、あなたとキャメル伯爵家全部を破滅に追い込む情報(武器)を私に寄越しなさい」

 私はそう命じた。
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