赤いフードの偽物姫と黒いフードの人外陛下〜敗戦したので売国しに乗り込んだら、何故か溺愛生活始まりました〜
『こんな家畜のエサのような食事を私に出すなんて、いい度胸ね』

 パリンとお皿の割れる音が部屋に響く。

『あはっ、いい事思いついた! 残飯なんだから家畜らしくアンタが食べなさい?』

 命令よ。そう言ったイザベラの目は何か少しでも私に食べさせようと必死な色をしていた。
 お母様が亡くなり、それまで以上に私への風当たりが強くなって食事を抜かれるなんてあからさまな嫌がらせが横行していた6年前。
 思い返せば、アレが暴君王女の始まりだった。

「……元々食が細くて、あまり食べられないんです」

 毒で倒れ、食事を抜かれ、食が進まなくなった私に合わせ、無理をしていたのはイザベラの方。
 自分の偽物と体型が大きくかけ離れたら可笑しいでしょと、私を虐めるフリをして何とか食事の手配をしてくれた。
 それでも私が食べられず体重が落ちてしまった時は、自分の食事を抜く事もあった。
 私とは違い健康体だったイザベラが食べ盛りだった年頃に空腹に耐えるのは、きっと辛かっただろうに。

『私はお姉様だもの』

 いつだって、イザベラはそう言って笑った。

「……沢山、食べさせてあげたかった、な」

 ぽつり、と思わず溢れた私のつぶやきに、不思議そうな顔をするセルヴィス様。
 私はセルヴィス様の顔をじっと見る。
 今までの人生で何の接点もないはずなのに、この人といると何故だか蓋をしたはずの過去の自分が顔を覗かせる。

「帝国の食事は全部美味しいですよ。ただ、祖国が敗戦し国が混乱する最中、自分だけが満たされるという事に罪悪感を覚えるだけで」

「そうか」

 私の口から出た恨みがましく聞こえる言葉をセルヴィス様が咎める事はなく、自分の醜さだけが浮き彫りになる。
 八つ当たりですら受け止める器の大きさは漆黒の闇のように底が見えなくて。
 多分沢山の人に当たり前に寄りかかられるだろうその強さがなんだか悲しくて。
 ああ、やっぱりこの人もイザベラと同じ人種(優しい嘘つき)だ、と私は確信する。
 私はいつもと色味の違う瞳を見ながら口元に弧を描く。

「ですから、私。必ずセスのお役に立ってみせますわ」

 そのためにもまずは腹ごしらえですね、とお礼を言って残りの串焼きを受け取る。

「なので、セスが一緒に食べてくれると嬉しいです」

「嬉しい?」

「はい。普段から一人で食べることが多かったので」

 やってみたくて、と昔の光景を思い浮かべながら私は提案する。
 イザベラと入れ替わった時しか許されなかった、家族で囲む穏やかな食卓。
 リィルとして席に着くことのできないそれは、結局偽物の時間でしかなかったけれど。

「仲のいい家族、とは食事を共にするらしいですよ」

 物語の中によく描かれていた、私にとって限りなくフィクションに近い家族像を話す。

「なるほど、考えた事もなかったな」

 血縁など喰うか喰われるかだからなと真顔で語るセルヴィス様になんて物騒なと思ったけれど、うちも大して変わらなかったわと気づき苦笑する。

「せっかくなので、セスのお勧めを教えてくださいな」

 そう言って私は出店の並ぶ方を指さす。

「ああ、分かった」

 短い言葉と共に差し出された手に私は一瞬躊躇って、手を重ねる。
 これは、ごっこ遊び(・・・・・)だ。だから、勘違いをしてはいけない。

(この人を知りたい、と思うのは売国の戦略を練るためよ)

 所詮私はイザベラ(第一王女)の偽物でしかないのだから、と私は自分に強く言い聞かせた。
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