赤いフードの偽物姫と黒いフードの人外陛下〜敗戦したので売国しに乗り込んだら、何故か溺愛生活始まりました〜
「あなたに会うの、カルディア以来ね」

 おいで、と呼べば狼は素直に応じてくれる。
 何度か交流した結果、皇帝陛下の使い魔だけど、あまり警戒しなくてもいいのではないか、という結論に至った私は遠慮なくモフる。

「ふわぁーモッフモフ。癒される」

 この狼からどの程度セルヴィス様に報告が上がっているのかは相変わらず不明だが、カルディアの宿屋に泊まった後もセルヴィス様の態度はさして変わらない。
 私の不調に気づかれていないのか、この子が黙っていてくれているのか、大した事ではないと判断されたのかは分からないけれど。
 身体を検められる事態にならないのならそれでいい。
 リープ病には治療法がない。私の身体がリープ病に侵されていると露見したら、帝国を出た後イザベラとの入れ替わりが難しくなる。
 それだけは避けなくては、と思うのだけど。

「モフモフは万国共通の正義よね。セルヴィス様、この子私にくれないかしら?」

 魅力的過ぎるモフモフを前に私の理性はあまりに脆かった。

「はぁぁー可愛い。可愛い過ぎる。めちゃくちゃシャンプーとかトリートメントしてあげたいっ!!」

 吠えたり噛んだりされないのをいいことに気が済むまでブラッシングをして、モフモフを堪能したあと、私は手ずからブルーベリーを食べさせる。

「ごめんね、本当はうさぎとか狩って生肉用意したかったんだけど」

 罠にかからなかった、と心底残念そうに言った私に、

「バゥ!」

 すっごい勢いで首を横に振られた。
 どうやらうさぎは好みじゃないらしい。

「菜食主義の狼なのかしら?」

 うーんと首を傾げつつ、私は図鑑を引き寄せる。

「イヌ科の身体に良いものは確か……」

 パラパラと図鑑をめくっていると、狼が身を乗り出して図鑑を覗く。

「あなたも見るの? ……コレは、古代文字?」

 よしよしと、頭を撫でながら視線を落とすとページの下に見慣れない文字を見つける。
 古代文字は獣人族と呼ばれる種族が使っていたとされる文字で、昔々の大きな争いで種族と共に滅んでしまったと言われている。
 今でも多くの研究者がその文字の解読に取り組んでいるけれど、ほとんど読むことができていない。

「……どうして、古代文字がこんなところに?」

 その綺麗な筆跡を指でたどる。
 沢山の国の言葉で綴られた多彩な薬のレシピが書き込まれている図鑑。
 古代文字の訳は書かれていないが、何か意味があるような気がしてならない。

「獣人、か」

 調べてみようかしらとつぶやいた私の言葉に反応した狼が私から図鑑を取り上げる。

「ちょ、ダメ! ダメよ! これは私がセルヴィス様に頂いたものなのよ!?」

「ウゥーーバゥ!!」

 まるで興味を持つな、と言わんばかりに紺碧の瞳が強く訴える。

「バゥ、ガゥガゥ」

「どうしたの? そんなに興奮して」

 なお唸り声を上げる狼を宥めるように抱きしめた私は、

「分かった。調べない! 調べないから」

 これは返して、と図鑑を取り上げたタイミングでまた心臓が酷く痛み、私は図鑑を床に落としてうずくまる。

「……った」

「バウ! バウバウ!!」

 先程までの声音とは違う鳴き声で駆け寄って来た狼に手を伸ばす。

「心配、してくれるの? ありがとう」

 大丈夫、と言った私はそっと狼を撫でる。狼は心配そうな声を上げ、身体を擦りつけ大きな背を向ける。
 どうやら捕まれと言っているらしい。私は狼に助けてもらいながらベッドに横たわる。

「すぐ、治るわ」

 お礼を言った私は、

「私ね、モフモフ大好きなの。だからあなたに嫌われたくない」

 紺碧の瞳と視線を合わせて静かに話す。

「あなたにとって、嫌なことは絶対しないから」

 約束する、と言ってぽんぽんと隣を叩く。

「側にいて欲しい。私が眠るまで、ずっと」

 あの晩あなたのおかげですごく良く眠れたの、と手を伸ばせば狼は仕方なさそうな顔をして、静かにベッドに上がり私の横に身体を横たえた。

「セルヴィス様には内緒ね。私、一応あの人の妻だから。……偽物の寵妃、だけど」

 そう言った私は狼に抱きつく。
 すると不思議な事にだんだん痛みが和らいで、代わりに眠気が押し寄せる。

「おや……すみ」

 温かさと安心感の中、ゆっくりと眠りに落ちながら、私はこの子の名前が知りたいなとそんな事を考えていた。
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