赤いフードの偽物姫と黒いフードの人外陛下〜敗戦したので売国しに乗り込んだら、何故か溺愛生活始まりました〜
「ベラは、強いな」

 国を、民を、守るために"暴君王女"を演じてきた彼女。
 その生き方に共感を覚える。
 他に選択肢がなかった事も含めて。

「俺はたまに投げ出したくなる」

 セルヴィスは寝ている彼女に本音を漏らす。

「まぁ、全部を力ずくで奪い取った俺が今更放棄するなど許されるはずもないが」

 そうでなくても、古い約束がある。

「ミリア」

 セルヴィスはサイドテーブルに置かれた図鑑に視線を落とし、今は亡き図鑑の持ち主の名を呼ぶ。
 ミリア・カザリア。かつてこの後宮にいた先帝の側妃。
 そして、セルヴィスの恩人。
 冷酷無慈悲な皇帝陛下。それは全て彼女に対しての贖罪だった。

『どうぞ、後宮を巡る面倒事は私にお任せください』

 セルヴィスはそう言ったイザベラの言葉を思い出す。

「まさかあなたと同じことを言う人間が現れるとは思わなかった」

 図鑑を手に取ったセルヴィスは懐かしい筆跡を指でなぞる。

『見ないフリ、気づかないフリ、も優しさですわ。特に、この後宮においては』

 そう言った側妃は人差し指を唇に当てて沈黙を貫く。
 口の固い彼女の元には後宮に住まう沢山の妃から厄介ごとが持ち込まれていた。

「ミリア。あなたならイザベラの事も救えただろうか?」

 もし、今もミリアがここにいたならイザベラはひとりで痛みに耐える事もなかっただろう。

『側にいて欲しい。私が眠るまで、ずっと』

 そう言って伸ばされた手は温かく、優しかった。
 報告書から炙り出したイザベラの人物像は自分と似ていると思っていたのに、実際に会って知った彼女はミリアに似ている気がして。
 放って置くことができない、と思う一方で。

『バケモノ』

 そう非難する人々の怯えた目を思い出す。
 セルヴィスは元々獣人の血を引いていることを特に隠してはいなかった。
 尤も幼少期早々に帝都から追い出され、一族郎党粛清してしまった今では結果としてセルヴィスが人狼だと知っている人間の方が少ないが。

『獣人、か』

 古代文字を見つけ、調べてみようかと言った彼女。
 スイセンの毒からアヘンまで辿り着く彼女のことだ。
 もし、調べられたらセルヴィスが人狼である所まで辿り着いてしまうかもしれない。

『私ね、モフモフ大好きなの。だからあなたに嫌われたくない』

 怯えることなく狼を捉える優しい天色の瞳。
 セルヴィスは初めて自分が人狼だと知られたくない、と思った。
 セルヴィスは彼女の蜂蜜色の髪に手を伸ばしかけ、止める。
 もし、正体がバレたならこの天色の瞳も恐怖に染まるだろうか?

「俺も、君に嫌われたくない」

 いつかいなくなる存在だと分かっている。
 愛してくれなくていい。
 目的を持って近づいてきた偽物の寵妃で構わない。
 だから、どうか。

「気づかないで、欲しい」

 彼女にだけは、バケモノと呼ばれたくない。
 その感情の名前をセルヴィスはまだ知らない。
< 52 / 182 >

この作品をシェア

pagetop