赤いフードの偽物姫と黒いフードの人外陛下〜敗戦したので売国しに乗り込んだら、何故か溺愛生活始まりました〜
「は? 陛下はお越しにならないってこと?」

 私の言葉にシエラは不機嫌を隠さず問いただす。

「何か問題だったかしら? だって招待状を頂いたのは私ですし」

 しれっとそう返した私は、勿論、陛下はエスコートしてくださるっておっしゃったのよ? と惚気てみせる。
 まぁ、そんな事実はないけれど。

「今朝も大変でしたわ。陛下は私から離れたがらなくて」

 帝国に長く留まらない偽物の寵妃に、この国の淑女達からの支持や評価は必要ない。
 だから、場を荒らす事も怖くない。

「ああ、でもこんな素敵なお茶会なら来て頂けば良かったかもしれないわ」

 賭けてもいいがセルヴィス様は絶対来ない。
 なぜ、立場を固めるために四家の令嬢を迎え入れないのかずっと疑問だった。
 獲物を狩る狼のような冷めた紺碧の瞳を思い出す。

(おそらく、カルディアの一件もコレに繋がっている)

 彼は潰す気なのだ。帝国の柱を。
 だが、踏み込むにはそれ相応の理由がいる。
 そして、きっと私がそのきっかけになることを望んでいる。

(皇帝陛下の描いた支配図通り、かしら?)

 帝国という後ろ盾(売国)の対価に望まれたのは、寵妃の命(制圧の大義名分)なのだと私はようやく辿り着く。

(元より先のない命。これで売国が叶うなら)

 イザベラが生きる未来が確保できるなら、もうなんの未練もない。
 そう思った私の脳裏に図鑑を渡された夜の出来事が過り、私は自分に苦笑する。

(……バカみたい。彼は私がイザベラの偽物だということも知らないのに)

 ただ、少し。
 ほんの少しだけ、苦い思いが込み上げるのは。
 気まぐれにかけられた情けのせいだ。

(私ならやれる。私はリィル・カルーテ・ロンドライン。誇り高き暴君王女の偽物なのだから)

 公に認められていなくとも、これでも一国の王女の首だ。簡単にはこの命、くれてやらない。
 そう決意した私は静かに微笑んで言葉を紡ぐ。
 
「知っていて? ジャスミン茶って自律神経を整えてくれたり、美容に効果的な淑女のためのお茶なんですって」

 だから選んだのでしょう? と私はお茶の側に添えられていた蜜を追加でカップに垂らす。

「でも、妊婦にはオススメできないの。子宮収縮効果があるから。尤も、たった一杯飲んだくらいでは大した効果は期待できないけれど」

 クルクルとスプーンでかき混ぜながら私は淡々と話を進める。

「? 急に何の話よ?」

 心底不思議そうなシエラの顔を見ながら、私は唇で弧を描く。

「無知は怖いわね、って話」

 混ぜ終わったスプーンを静かに置いて、私は四家の令嬢それぞれに微笑みかける。
 私にしかない蜜のカップ。彼女はこの展開を望んでいたのだろう。わざわざ祖国からチョコレート文化を持ち込むほど甘いもの好きと噂を流しておいた甲斐があったと私は内心でほくそ笑む。

「では、こんな話はご存知? 同じジャスミンでも、中毒症状を起こすものが存在する、と」

「毒?」

 眉を顰めて聞き返すドロシーに頷き返した私は、

「ええ、そう。特に蜜や根に多く含まれていて、呼吸困難を引き起こすわ」

 誤って飲んだら怖いわねと私は告げる。

「少量なら、それは脅し程度の威嚇行為レベルでしょうけど。もし、過剰摂取だったら?」

 それは悪意ある殺意によるものよね、と私は笑い、視線をお茶へと落とす。
 ある程度毒耐性がある私にとっても、コレを飲み干せばおそらく致死量ギリギリ。
 かろうじてでも生きてさえいれば具合の悪さを盾にクローゼアに戻ることも可能だろう。
 仮にクローゼアに戻れなくても、この国さえ出られれば最悪どうとでもなる。
 偽物の私が消えたとしても、交渉の席には本物のイザベラがつけば何の問題もないのだから。
 
「私にもしものことがあれば、あの方は決して許してはくれないでしょう」

 全部知っている、と言外に告げた後私はゆっくりとカップに口をつける。

(これで、セルヴィス様の望みは叶うかしら?)

 そうだといいな、と私は心から思う。セルヴィス様には随分良くしてもらったから、これで帳消し。
 寵妃契約したこれがきっと私にできる最適解。
 残り僅かな寿命の使い道としては上出来だったなと、甘い毒を取り込みながらそんな事を考えた。
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