赤いフードの偽物姫と黒いフードの人外陛下〜敗戦したので売国しに乗り込んだら、何故か溺愛生活始まりました〜
『……ヴィー。お願い、よ』

 昨夜の記憶を手繰り寄せて行ったセルヴィスは誰かにそう言われたことを思い出す。
 何度も何度も泣きそうな声で、誰かがヴィーと呼んでいた。
 少しずつ、朧げな記憶が蘇る。

「……イザベラ」

『ごめん、ね』

 自分を案ずる声と微かな熱を思い出す。
 それが夢ではないのだと証明するように、聖水を入れていた薬瓶が一つベッドの上に空になって落ちていた。
 ピースが全てハマり、セルヴィスは昨夜の出来事を思い出す。
 知られたのだ。
 全部、彼女に。
 獣人の血を引いていると知り、彼女は怖いと思っただろうか?
 それとも隠して側にいたことに怒りを覚えただろうか?
 それとも。
 それとも……。

「……ふふっ、ヴィー。……くすぐったい、わ」

 天色の瞳は閉じられたまま、クスクスと笑う彼女。
 そのまままたすやすよと寝息を立てる。どうやらまだ夢の中にいるらしい。その口調は狼の姿で会う時と変わらないままで。

「……ベラ。君は」

 逃げる事も見なかったことにすることもできたはずだ。
 あるいはこれが皇帝陛下の弱味だと判断し、目的達成のために利用することだって、彼女ならできただろう。
 だけど、彼女はそうしなかった。
 それどころかわざわざ温室まで往復して何らかの薬を調合してくれたのだ。

『もし、いたらどうします? そのままのあなたで良いのだと言ってくれるヒトが現れたら』

 不意にミリアに言われた言葉がセルヴィスの耳に蘇る。
 そんなモノはいない、とあの時は傷だらけの痛む身体を抱えてそう突っぱねた。

『あら、そんなの分からないではありませんか?』

 あなたが知っている世界なんてせいぜいこの後宮と宮殿のごく一部なのですからと決して近くに寄らず、いつも言葉だけを投げかけてくるミリア。

『世界は、あなたが思うよりずっと広いのです』

 国外を放蕩していたらしいミリアは、狭い鳥籠(後宮の窓)から空を見上げ、コトッと傷薬をテーブルに置く。

『もし、そんな人を見つけたら運命だと思って大事にしてください。けして、こんな監獄(後宮)に閉じ込めてはいけませんよ』

 静かな口調で言っていた。
 それが、ミリアとの最期の会話になった。

「運命、か」

 そんなもの、セルヴィスは信じていなかった。だけど、彼女は確かに今ここにいる。

「言葉を尽くす」

 そんな事をしても、届かないかもしれない。でも、やってみる価値はある。
 これが運命だというのなら、逃してやらない。そう決めたセルヴィスは優しい眼差しで彼女を見つめ、いつものように蜂蜜色の髪を撫でる。
 その天色の瞳が開かれるのを静かに待ちながら。
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