赤いフードの偽物姫と黒いフードの人外陛下〜敗戦したので売国しに乗り込んだら、何故か溺愛生活始まりました〜
夜、私はベッドの上に正座したまま心底後悔していた。
『リィル、あなた睡眠だけは絶対しっかり取らなきゃダメよ?』
私がやらかす度にイザベラからそう散々お小言を喰らっていたというのに。
『眠たい時のリィルは本当に大概ポンコツなんだから』
私はまた同じ過ちを繰り返したらしい、と悟る。
でなければ、ここにセルヴィス様がいるはずないもの。
しかも、狼の姿で。
「バゥ」
早くしろ、と急かすように鳴いた黒狼がペシペシとふっさふさの尻尾がベッドを叩く。
なんでこうなった案件に頭を抱えながら、私は先程までのやり取りを思い出していた。
植物園に出かけて以降、黒狼としては来ないけれど、セルヴィス様は再び私のいる後宮の部屋を訪れるようになった。
植物園での一件で、色々自覚してしまったり、自意識過剰に落ち入りそうになったりしていた私は、お渡り再開当初こそ身構えていたのだが。
後宮に来てもお茶をして雑談するだけ。
あまりに今まで通りだったので、
『ああ、きっと揶揄われたのね』
と納得し、気にするまいと平静を装って過ごしていたのだけど。
「イザベラ妃、陛下のお越しです」
「へ?」
予定外の日に予告もなくセルヴィス様はやってきて、あっという間に2人きりにさせられてしまった。
「……何かありましたか?」
「昼間の話の続きをしようと思って」
体調不良について追求されたらどうしよう、と身構えそうになった私の頭上にポンっと大きな手が乗る。
「君が嫌がる事はしない」
安心させるように私の頭を撫でたセルヴィス様は、
「売国の提案を受けようと思って」
と、優しく笑ってそう言った。
「……本当に?」
私は天色の目を大きく見開く。
クローゼアを売国する。
私が帝国に来た理由。
本当だ、と頷いたセルヴィス様は、
「……やはり、聞いていなかったな」
と苦笑する。
「売国に向けた具体的な計画。イザベラが描いているストーリーを聞こうと思っていたんだが」
「勿論! 直ぐにでもっ!!」
食い気味にそう言った私が計画書を取り出すより早く腕を掴まれ、気づけば私はベッドの上にいた。
「……陛……下?」
「でもそれは、君が調子を取り戻してからだ」
さらりと漆黒の髪が落ちてきて、私の額に触れる。
それほどの近さでこちらを見つめる紺碧の瞳は、とても心配そうな色をしていた。
「いつもの君なら、こんなに簡単に相手の話に乗ったりしない。慎重に相手の真意を見極める」
多くの人間の命がかかっているなら尚更、とそっと私に触れ瞳を覗く。
紺碧の瞳に私の嘘まで暴かれそうで、目を逸らせず見返すしかできない私に。
「君のことだから、どうせ碌に寝もせず植物園の経営方法でも考えていたんだろ」
呆れたような口調でセルヴィス様が言葉を続ける。
「大したことありませんわ」
確かにどうせ眠れないのなら、と植物関連の情報収集やあそこで見た植物の分析なんかもしていたけれど、まだほとんどまとまっていない。
本物のイザベラだったら、きっともっと上手くやれただろうけど。
「身体を壊しては元も子もない。とにかく、今日は全て終いだ」
それは、これから先がある人間の場合だ。
私にはもう先がない。
サラサラと落ちる砂時計のように、この瞬間にもどんどん残りの時間がなくなっていく。
日増しに焦りが募り、それは想定以上に私の精神を疲弊させていった。
「……でも」
不服を申し立てようとした私に、
「異論は認めない。これが俺の譲れる最大限だ」
そう言って大きな手で私の目を覆う。
私の視界が再び開けた時、そこにいたのは漆黒の夜を集めてケモノの形にしたような大きな狼だった。
『リィル、あなた睡眠だけは絶対しっかり取らなきゃダメよ?』
私がやらかす度にイザベラからそう散々お小言を喰らっていたというのに。
『眠たい時のリィルは本当に大概ポンコツなんだから』
私はまた同じ過ちを繰り返したらしい、と悟る。
でなければ、ここにセルヴィス様がいるはずないもの。
しかも、狼の姿で。
「バゥ」
早くしろ、と急かすように鳴いた黒狼がペシペシとふっさふさの尻尾がベッドを叩く。
なんでこうなった案件に頭を抱えながら、私は先程までのやり取りを思い出していた。
植物園に出かけて以降、黒狼としては来ないけれど、セルヴィス様は再び私のいる後宮の部屋を訪れるようになった。
植物園での一件で、色々自覚してしまったり、自意識過剰に落ち入りそうになったりしていた私は、お渡り再開当初こそ身構えていたのだが。
後宮に来てもお茶をして雑談するだけ。
あまりに今まで通りだったので、
『ああ、きっと揶揄われたのね』
と納得し、気にするまいと平静を装って過ごしていたのだけど。
「イザベラ妃、陛下のお越しです」
「へ?」
予定外の日に予告もなくセルヴィス様はやってきて、あっという間に2人きりにさせられてしまった。
「……何かありましたか?」
「昼間の話の続きをしようと思って」
体調不良について追求されたらどうしよう、と身構えそうになった私の頭上にポンっと大きな手が乗る。
「君が嫌がる事はしない」
安心させるように私の頭を撫でたセルヴィス様は、
「売国の提案を受けようと思って」
と、優しく笑ってそう言った。
「……本当に?」
私は天色の目を大きく見開く。
クローゼアを売国する。
私が帝国に来た理由。
本当だ、と頷いたセルヴィス様は、
「……やはり、聞いていなかったな」
と苦笑する。
「売国に向けた具体的な計画。イザベラが描いているストーリーを聞こうと思っていたんだが」
「勿論! 直ぐにでもっ!!」
食い気味にそう言った私が計画書を取り出すより早く腕を掴まれ、気づけば私はベッドの上にいた。
「……陛……下?」
「でもそれは、君が調子を取り戻してからだ」
さらりと漆黒の髪が落ちてきて、私の額に触れる。
それほどの近さでこちらを見つめる紺碧の瞳は、とても心配そうな色をしていた。
「いつもの君なら、こんなに簡単に相手の話に乗ったりしない。慎重に相手の真意を見極める」
多くの人間の命がかかっているなら尚更、とそっと私に触れ瞳を覗く。
紺碧の瞳に私の嘘まで暴かれそうで、目を逸らせず見返すしかできない私に。
「君のことだから、どうせ碌に寝もせず植物園の経営方法でも考えていたんだろ」
呆れたような口調でセルヴィス様が言葉を続ける。
「大したことありませんわ」
確かにどうせ眠れないのなら、と植物関連の情報収集やあそこで見た植物の分析なんかもしていたけれど、まだほとんどまとまっていない。
本物のイザベラだったら、きっともっと上手くやれただろうけど。
「身体を壊しては元も子もない。とにかく、今日は全て終いだ」
それは、これから先がある人間の場合だ。
私にはもう先がない。
サラサラと落ちる砂時計のように、この瞬間にもどんどん残りの時間がなくなっていく。
日増しに焦りが募り、それは想定以上に私の精神を疲弊させていった。
「……でも」
不服を申し立てようとした私に、
「異論は認めない。これが俺の譲れる最大限だ」
そう言って大きな手で私の目を覆う。
私の視界が再び開けた時、そこにいたのは漆黒の夜を集めてケモノの形にしたような大きな狼だった。