根暗な貴方は私の光
 仁武という名前は聞いたことがある。十年ほど前、紬が柳凪で働き始めた頃に一度だけ店に来たことがあった。
 包帯で身体中を覆い、一緒に来店した女の子よりも背が低かった気がする。
 そう、まるで蕗とよく似た癖っ毛の女の子。

「おわっ!」

 ぼんやりと記憶を辿っていた意識が軍人の情けない声によって彼らの方へと向けられる。
 見れば蕗が軍人に抱き着いていたのだ。これには様子を伺っていた紬も軍人と同じように呆気に取られてしまった。

「蕗ちゃんはね」

 目の前で繰り広げられる男女の仲睦まじい光景に呆然としていると、不意に鏡子が口を開いた。
 彼らに向けていた視線を鏡子に向けると、彼女は今にも泣き出しそうになる目を細めて蕗と仁武という青年を見ていた。
 まるで十年ぶりに再開する家族を見る母親のような優しい眼差しであった。

「ずっと待っていたの。いつか帰ってきてくれると信じて」
「……複雑なのね」
「これは、貴方達にも知っていてほしい。ねえ、聞いてくれる? 蕗ちゃんの十年間の話」

 きっと蕗本人からは聞くことのできない話なのだろう。それでも知っておかなければならない、そんな気がした。

「ええ、聞かせて」

 紬が真っ直ぐと鏡子の大きな瞳を見つめて答えると、友里恵も頷いて賛同した。
 二人の答えを受け止めた鏡子は語り出す。十年間、たった一人を想い続けた健気な少女の話である。

「仁武ちゃんは、独りで町を放浪としていた蕗ちゃんを見兼ねて自分の家に連れ帰ったの。その時はまだ仁武ちゃんのおばあさんが生きていて、しばらく三人で暮らしていた。二人はすでにいたはずね、子供の頃の仁武ちゃんと蕗ちゃんが柳凪(ここ)へ来た日」
「蕗ちゃんが柳凪(ここ)で暮らすようになったのは、祖母が亡くなって貴方が引き取ったってことだったらしいけど。もしかして、その祖母ってのは」
「仁武ちゃんの祖母よ。蕗ちゃんは私とも仁武ちゃんとも血が繋がっていない。言ってしまえば形だけの家族だった」

 しみじみと昔のことを思い返しながら語る鏡子の瞳には悲しみの色が混ざる。
 紬にはそんな彼女の変化が見ていられなくて、視線を蕗と仁武の方に向けた。十年越しの再開を果たした二人は、心底幸せそうに笑い合っていた。
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