根暗な貴方は私の光
第二章 想い

再会


────一九四四年 冬────

 気がつけば、知らぬ間に気が遠くなる程の長い時間が過ぎていた。ずっと幼子だと思っていた蕗は立派な一人の女性に成長し、そして紬もまた幾つもの歳を重ねた。
 近頃、年を取ったことを強く実感するようになってきた。若々しい蕗を見ていると一層強く実感する。
 夕方になり、客の数が減り出した頃。店の奥で鏡子と蕗と世間話に花を咲かせて時間を潰していた。
 そんな時、静かな柳凪の店内に場違いなほど固く冷たい機械のような感情のない男の声が響いた。

「ごめんください」

 やけに背丈の大きい軍服を来た男が窮屈そうに入口に立っていた。
 扉の前に佇む男にいち早く気が付いた友里恵が駆け寄り、男と何やら話し始めた。
 店の奥にいた紬達にも男の声は届いており、固唾を飲んで様子を伺う。しばらく話し込むと慌てた様子の友里恵が男に背を向けてこちらに向かってきた。

「蕗ちゃん、男の人が呼んでいるよ」
「えっ、私?」
「誰なのか分からないのだけれど、軍人さんみたい」

 その場にいた誰もが信じられなかったことだろう。見知らぬ軍人が店に訪れたことだけでも驚きであるのに、その軍人は蕗を探していたのだ。
 鏡子と紬は蕗に向けていた視線を軍人に移した。落ち着きのない様子で入口に立っている軍人は何とも怪しい。
 紬だけでなく鏡子も拭きをあの男に近づけたくはなかっただろう。しかし、友里恵が蕗の所在を明かしてしまっているため、今更誤魔化すこともできなかった。

「貴方が時雨蕗さん?」
「ええ、私がそうですけど……」

 最早、男が発する一言一言が怪しさを醸し出す。どうして蕗の名前を知っているのか、この場に蕗がいることを知っているのか、考えれば考えるほど男への不信感は募るばかりである。

「仁武、仁武なの……?」

 蕗の震える声が聞こえてはっと我に返ったのは紬だけではないだろう。
 彼女が口にした名前を紬も知っている気がしたのだ。何年も前に聞いたっきり話題に挙がることはなかった名前だが、その名前を口にする蕗と鏡子はいつも何処か寂しげだったから印象に残っていた。

「仁武って……」

 恐る恐る隣りに立っている鏡子に視線を向けると、彼女はそれまで浮かべていた警戒の色を消して微笑んでいた。
 その微笑みは心底幸せそうで、いつの日か自分を救ってくれた女神のそれと同じ笑顔であった。
 
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