根暗な貴方は私の光
 二人が店を出ていってから半刻ほど過ぎた頃。

「あれ、蕗ちゃんは?」

 ずっと店内にいたというのに机に突っ伏して爆睡していた鏡子は、蕗が仁武と二人で出掛けたことなどまるで知らない。
 眠気眼で店内を見渡す彼女が滑稽に見え、紬は火鉢を抱えたまま容赦なく笑い声を上げた。
 目を擦って笑い声を上げる紬を見つけた鏡子は彼女を鋭い眼光で睨みつける。こんなに笑い声を上げた紬も、誰かを睨みつける鏡子もこの場では互いに珍しいという感想が先に浮かんだ。

「王子様が迎えに来てくれたみたい」
「王子様……。ああ、そういうこと」

 察しの良い鏡子は濁した言い方をしても紬の言わんとしていることを察してくれる。
 机の上に頬杖を着いた鏡子は楽しげな笑みを浮かべると、火鉢を抱えて寒さに耐える紬に視線を移した。

「黙って行かせたの?」
「心配するようなことでもないでしょう。相手はあの仁武くんなんだから」
「貴方って仁武ちゃんと関わることなんてあった?」
「直接はないけど……」

 直接彼と会話を交わしたわけではねいが紬には分かる。仁武は決して危険な人物ではないと。
 子供の頃の仁武の姿は包帯を巻いていたという情報しか無く、顔までは思い出せない。しかし、子供の頃の弱々しい印象は十年後しに彼を見ると微塵も感じさせなかった。
 きっと、仁武は半端な覚悟で軍人になったわけではないだろう。
 店に押し掛けてまで蕗を探していた彼の目には不安とは別に、確かな強さが滲んでいたのだ。そして何をするにも感情を見せなかった蕗が涙を流してまで再会を喜ぶ相手である。
 だから、自分たちの知らない所に蕗が行こうと仁武がいるのなら安心できる。
 紬はそう判断したからこそ黙って頷いたのだ。

「仁武くん、悪い子には見えなかったわ」

 正直に言って、火鉢を抱えた紬が言っても説得力の欠片もなかっただろう。
 しかし嘘ではなかった。そして、嘘ではないと鏡子も理解している。
 だからだろうか。やけに鏡子は嬉しげに笑った。これまでに見たことがないほど幸せそうに細められた目には何が映っているのだろう。

 女神のように美しい笑顔。貴方はどうしてそんなに美しいのかしら。
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