根暗な貴方は私の光
仁武以外の軍人が柳凪に訪れるなど紬達は思いもしていなかった。ましてや訪れてきたのは屈強な男達である。軍人であるのだから当然なのだが、普段から女性とばかり関わっていたのと老人の相手が多かったため戸惑いが大きかったのである。
紬からしてみれば、まともに関わったことがある異性など自身の父親と仁武くらいであった。
それでもあの日を境に芝達は暇を見つけては柳凪に訪れるようになっていた。この店にいる誰もがそれを望んでいるのが事実である。
しかし、太平洋戦争が開戦したことでこれまで当たり前にあった日常は、瞬く間に変化した。
贅沢は敵というスローガンの下で人々は生きることを余儀なくされる。食事すらまともに与えられず、主な食事は芋、すいとん(小麦粉に水を加えて作った団子を入れた汁物)、かぼちゃの葉から茎など。時には道端に生えている雑草まで、食べられるものは何でも口にした。
戦況が激化した今、生活において食糧不足とは切っても切れない縁で結ばれてしまっている。
柳凪では団子に使用していたもち米が不足し、代わりに芋を練って作った団子を甘味として提供していた。
それでも客足がかつてのように増えるわけではない。数名の客がいるだけの静かな店内に、鏡子の呟きが空気に溶けて消える。
「人々の心の拠り所になれたら」
今のような生活が当たり前になりつつある頃、鏡子は毎日のようにそう呟いている。
紬と友里恵にとってその呟きは聞き慣れたものだが、未だ慣れないらしい蕗が箒を持って逃げるように店を出ていった。そんな彼女の後ろ姿を紬は見送るだけである。
かつての鏡子はその言葉を自身に満ち足りた様子で口にしていた。
しかし、今はどうだろう。机を拭きながら手元に視線を落とし、自身に言い聞かせるように呟いていた。
その変化がいじらしく、そして悲しげに紬の目に映っていることを彼女は知らない。
「おはようございます、紬さん」
「小瀧さん、おはようございます。今日はお一人ですか?」
「いえ、軒先で風柳くんと蕗さんが話していました。先にお邪魔させていただいただけです」
屈託のない笑顔、とは少し違うかもしれないが、この時の小瀧が浮かべた笑顔は何処か子供らしさが滲んでいた。
きっといいことでもあったのだろう。そう紬に思わせるくらい小瀧の笑顔は花が咲いていた。
先に席に着いて小瀧と話していると、遅れて仁武と蕗が店に入ってきた。あの時のいざこざが気になって二人きりで大丈夫だったのかと不安だったが、二人は何とも楽しげに話している。余計な心配だったらしい。
「芝さんがご一緒でないなんて珍しいですね」
「上官に雑務を押し付けられたようで、遅れると言っていました」
鏡子の疑問に小瀧は苦笑を零しながら答える。慣れたことのようでさほど気にはしていないらしい。
仁武は小瀧の隣に腰掛けると、笑いながら彼らの話に相槌を打つ。箒を片付けて戻ってきた蕗は鏡子の隣に座った。
「ごめんください。小瀧と風柳はいるだろうか」
ガラガラと引き戸を引く音が聞こえ、一同の視線は一瞬にして店の入口へと吸い寄せられる。
少しして見慣れた男の顔が覗いた。遅刻すると言っていた芝がようやく来たらしい。
紬からしてみれば、まともに関わったことがある異性など自身の父親と仁武くらいであった。
それでもあの日を境に芝達は暇を見つけては柳凪に訪れるようになっていた。この店にいる誰もがそれを望んでいるのが事実である。
しかし、太平洋戦争が開戦したことでこれまで当たり前にあった日常は、瞬く間に変化した。
贅沢は敵というスローガンの下で人々は生きることを余儀なくされる。食事すらまともに与えられず、主な食事は芋、すいとん(小麦粉に水を加えて作った団子を入れた汁物)、かぼちゃの葉から茎など。時には道端に生えている雑草まで、食べられるものは何でも口にした。
戦況が激化した今、生活において食糧不足とは切っても切れない縁で結ばれてしまっている。
柳凪では団子に使用していたもち米が不足し、代わりに芋を練って作った団子を甘味として提供していた。
それでも客足がかつてのように増えるわけではない。数名の客がいるだけの静かな店内に、鏡子の呟きが空気に溶けて消える。
「人々の心の拠り所になれたら」
今のような生活が当たり前になりつつある頃、鏡子は毎日のようにそう呟いている。
紬と友里恵にとってその呟きは聞き慣れたものだが、未だ慣れないらしい蕗が箒を持って逃げるように店を出ていった。そんな彼女の後ろ姿を紬は見送るだけである。
かつての鏡子はその言葉を自身に満ち足りた様子で口にしていた。
しかし、今はどうだろう。机を拭きながら手元に視線を落とし、自身に言い聞かせるように呟いていた。
その変化がいじらしく、そして悲しげに紬の目に映っていることを彼女は知らない。
「おはようございます、紬さん」
「小瀧さん、おはようございます。今日はお一人ですか?」
「いえ、軒先で風柳くんと蕗さんが話していました。先にお邪魔させていただいただけです」
屈託のない笑顔、とは少し違うかもしれないが、この時の小瀧が浮かべた笑顔は何処か子供らしさが滲んでいた。
きっといいことでもあったのだろう。そう紬に思わせるくらい小瀧の笑顔は花が咲いていた。
先に席に着いて小瀧と話していると、遅れて仁武と蕗が店に入ってきた。あの時のいざこざが気になって二人きりで大丈夫だったのかと不安だったが、二人は何とも楽しげに話している。余計な心配だったらしい。
「芝さんがご一緒でないなんて珍しいですね」
「上官に雑務を押し付けられたようで、遅れると言っていました」
鏡子の疑問に小瀧は苦笑を零しながら答える。慣れたことのようでさほど気にはしていないらしい。
仁武は小瀧の隣に腰掛けると、笑いながら彼らの話に相槌を打つ。箒を片付けて戻ってきた蕗は鏡子の隣に座った。
「ごめんください。小瀧と風柳はいるだろうか」
ガラガラと引き戸を引く音が聞こえ、一同の視線は一瞬にして店の入口へと吸い寄せられる。
少しして見慣れた男の顔が覗いた。遅刻すると言っていた芝がようやく来たらしい。