根暗な貴方は私の光
そんな彼らと過ごし時間は不思議と苦ではなかった。見た目でこそ厳格で重々しい雰囲気を纏っている彼らだが、口を開けば出てくるのは何気ない世間話ばかり。
軍人が語るようには思えない童話ですら話題に挙がっていた。
よく話よく笑う彼らだからこそ心を許してしまう。話を聞いているだけで、話を聞いてもらえるだけで満足している自分を紬は認識していた。
「向かいの本屋に新しい西洋に関する雑誌が出ていたな」
「それなら私も読みました。炭酸飲料、というものが導入された兵舎があるのですよね」
紬は鏡子と芝が交わす会話に静かに相槌を打つ。すっかり打ち解けた様子の二人は紬が知らない西洋からの文化について話に花を咲かせていた。
仁武や小瀧も彼らの話を興味深そうに聞いている。ただ一人、紬だけが彼らの話に追いつけず、機械のように相槌を打っていた。
そんな退屈さを感じかけていた紬の目が一人の男の姿を捉える。芝たちが座っている席の隣の席にわざわざ一人で座って、紬と同じように適当に相槌を打っている。何とも怪しい男だが、彼が着ているのは芝達と同じ枯草色の軍服であった。
哀れに見えた。もし紬自身も彼らの会話に混ざっていれば、いつまでも見つけられないままであったことだろう。
「ご一緒しても?」
哀れに見えた。声を掛ければその男は驚いたように紬を飛び見る。
「え、ええ」
哀れに見えた。目を泳がせてぎこちなく答える姿がおかしく見えて、微かに笑みが零れた。他の皆に気づかれないようその男の向かいに座る。
「私、五十鈴紬といいます」
「え、江波方です」
隈がくっきりと浮かんだ目元を動かし、江波方と名乗った男は紬の瞳を見つめた。
幼子が親の顔色を伺うようなおどろおどろした目で見つめられ、紬は何とも居た堪れなくなる。笑顔のえの字もない男に向かってそんな気持ちを隠すように微笑みを向けた。
「入らないんですか?」
「何にですか?」
質問に質問で返した江波方は何を問われたのか分かっていない様子だ。
紬は言葉では示さず、視線を江波方から楽しげに話す芝達に向けた。
「いいんです」
つられて同じく彼らを見た江波方は小さくそう答えた。本当に突然で一瞬のことであったから聞き逃してしまいそうになる。
紬は思わず江波方のことを睨み付けた。もっとはっきりと話したらどうだと文句の一つでも言いそうになった時、江波方の彼らを見つめる横顔が紬の目に飛び込む。
「これでいいんです。十分なんですよ」
笑えない性分なのだと思っていた。けれど、それは紬の思い違いであったらしい。
江波方は紬の作り笑いよりもよっぽど上手く笑える。彼の笑顔は心の底から湧き上がる喜びで作られていた。
軍人が語るようには思えない童話ですら話題に挙がっていた。
よく話よく笑う彼らだからこそ心を許してしまう。話を聞いているだけで、話を聞いてもらえるだけで満足している自分を紬は認識していた。
「向かいの本屋に新しい西洋に関する雑誌が出ていたな」
「それなら私も読みました。炭酸飲料、というものが導入された兵舎があるのですよね」
紬は鏡子と芝が交わす会話に静かに相槌を打つ。すっかり打ち解けた様子の二人は紬が知らない西洋からの文化について話に花を咲かせていた。
仁武や小瀧も彼らの話を興味深そうに聞いている。ただ一人、紬だけが彼らの話に追いつけず、機械のように相槌を打っていた。
そんな退屈さを感じかけていた紬の目が一人の男の姿を捉える。芝たちが座っている席の隣の席にわざわざ一人で座って、紬と同じように適当に相槌を打っている。何とも怪しい男だが、彼が着ているのは芝達と同じ枯草色の軍服であった。
哀れに見えた。もし紬自身も彼らの会話に混ざっていれば、いつまでも見つけられないままであったことだろう。
「ご一緒しても?」
哀れに見えた。声を掛ければその男は驚いたように紬を飛び見る。
「え、ええ」
哀れに見えた。目を泳がせてぎこちなく答える姿がおかしく見えて、微かに笑みが零れた。他の皆に気づかれないようその男の向かいに座る。
「私、五十鈴紬といいます」
「え、江波方です」
隈がくっきりと浮かんだ目元を動かし、江波方と名乗った男は紬の瞳を見つめた。
幼子が親の顔色を伺うようなおどろおどろした目で見つめられ、紬は何とも居た堪れなくなる。笑顔のえの字もない男に向かってそんな気持ちを隠すように微笑みを向けた。
「入らないんですか?」
「何にですか?」
質問に質問で返した江波方は何を問われたのか分かっていない様子だ。
紬は言葉では示さず、視線を江波方から楽しげに話す芝達に向けた。
「いいんです」
つられて同じく彼らを見た江波方は小さくそう答えた。本当に突然で一瞬のことであったから聞き逃してしまいそうになる。
紬は思わず江波方のことを睨み付けた。もっとはっきりと話したらどうだと文句の一つでも言いそうになった時、江波方の彼らを見つめる横顔が紬の目に飛び込む。
「これでいいんです。十分なんですよ」
笑えない性分なのだと思っていた。けれど、それは紬の思い違いであったらしい。
江波方は紬の作り笑いよりもよっぽど上手く笑える。彼の笑顔は心の底から湧き上がる喜びで作られていた。