根暗な貴方は私の光

「江波方さん達が来ると、あっという間に店が明るくなりますね」
「五十鈴いすずさん、お邪魔してますー」

 それまで芝達の会話に混ざっていた紬は時を見計らって席を立った。彼女が向かうのはもちろん江波方の元である。
 初めて彼に話し掛けたあの日から紬は江波方と二人で話すことが増えていた。それも無意識の内に彼の元に向かっており、自分でもその意味はわからない。

「話に入らなくていいんですか?」
「いいんです。俺は聞いているだけで十分なんで」
「正直なところ、面倒くさいとか思ってません?」
「えっ!」

 紬の指摘に江波方は分かりやすく動揺を見せた。期待通りの反応を見ることができた紬はクスクスと笑う。

「私も同じだから分かるんですよ。嫌いなわけでも距離を起きたいわけでもない。一緒にいて苦じゃないし、仲が悪いわけでもない。ただ……何て言うんでしょう、満足しちゃうんですよね」
「……この時間が当たり前に続く訳ではないと分かっているから、無意識の内に俺達は満足しているんでしょう。こうして何をするでもなく笑い合っているだけで、声が聞けるだけで十分だと」

 いつかは国のために旅立たなければならない。いつかは旅立ちを見送らなければならない。互いにその立場に立たされていると理解しているからこそ、現状に満足しているのだと二人は己に言い聞かせる。
 二人だけでなく、鏡子や芝達、町の人々がそうなのである。それが当たり前なのである。

「ふふ、ふふふ」

 微かに沈んだ気持ちは芝達の騒がしい話し声ではなく、小さな紬の笑い声によって晴れる。
 訝しげな江波方の視線を感じたが、紬は笑い声を押し殺しつつ笑うことをやめなかった。

「どうして笑うんですか」
「だって、随分と柄にもないことを言うんですもの」
「俺だって柄にも無いことを言う時だってあります」
「小瀧さんの影響かしら。彼、作家を目指していたんでしょう。普段の言葉遣いからも、博識なことが伺える」

 小瀧は有名な大学を卒業し、作家を目指していたらしい。芝が語っているところを紬も聞いていた。
 若くして軍人になった仁武も写真家になりたかったのだと言う。蕗がかつて暮らしていたのは、仁武の祖母が営んでいた写真館であることを鏡子から聞いていたから紬は知っていた。この場にいる誰もが未来を夢見ていたのだ。
 町に暮らす人々も己の未来に期待を寄せたことだろう。小さな子供は夢を見て、憧れを抱いたことだろう。
 しかし、仁武と小瀧が各々の夢ではなく、国の淡い幻想のためにその人生を捧げるのが現実であった。
 二人だけでなく、芝にも江波方にもこの先やりたいことが山ほどあるのだろう。しかしそれらが叶わないと分かっているから、この場にいる。

「ねえ」
「何です?」

 未だ芝達の会話は途切れない。その反面、江波方と紬の会話は途切れ途切れでぎこちない。

「このまま、二人で逃げ出さない?」
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