根暗な貴方は私の光
第三章 選択

特攻

 彼女と出会ってから十年という時が過ぎた。何の前触れもなく突然目の前に現れた存在、紬にとってその少女は妬みの対象だった。
 しかし、同じ屋根の下で互いに心を通わせると心を開いてくれた。だから、紬も彼女に心を許した。
 妹だと思うことにしたのだ。一人っ子だった紬にとって兄弟姉妹は微かなあこがれの対象だったのである。
 そして今週末はそんな愛妹の誕生日である。あるのだが。

 この日は、柳凪に蕗以外のいつもの面々が揃っていた。芝達軍人が席に座り、紬達は彼らに向き合う。
 ただならぬ空気が漂っていることくらい、この場にいる誰もが感じ取っていた。紬はその空気に押し潰されそうになりながらも顔を上げる。
 芝が立ち上がった。真剣な面持ちで軍帽を外した彼は、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

「特攻隊に志願しました」

 片道分の燃料と爆弾を積んで敵に体当たりをする作戦、特別攻撃隊。一度飛び立てば最後、生きては帰られない作戦である。
 芝の声が脳内でゆっくりと再生された。悲しみも衝撃も何も無い。
 ただ、行ってしまうのか、と思うだけだ。

「本当なの、芝さん……」

 未だ眠っているものだと思っていた蕗の声が店内に響いた。震える声で尋ねる彼女は店の奥から顔を覗かせ、今にも泣き出しそうになる目を皆に向けていた。
 この子は何も知らない。純粋無垢で無知な彼女にとって今の芝の発言は、衝撃以外の何物でもないのだ。
 最早、動揺の一つも見せない紬達の方がよっぽど異様である。

「もう決まったことだよ」

 仁武の優しく嗜めるような声を聞いた蕗の表情がみるみる内に青ざめていく。
 紬は蕗の様子が見ていられず、その時初めて顔を伏せた。
 
「……ない」

 顔を伏せて周囲からの音や視覚といった情報から逃げていた紬の耳に女の声が届いた。
 地の底から発されるような低い声で何と言っているのか聞き取れないほど小さな声で女は呟く。
 隣を見れば血走った目を足元に落としている友里恵がいた。彼女は皆からの死角に立っている。恐らくこの場で彼女の異様な様子に気がついているのは紬くらいだろう。

「友里恵、どうしたの?」

 皆に気づかれないよう小声で尋ねれば、はっと我に返った友里恵と目が合った。
 普段の彼女と何ら変わらない穏やかな微笑みを浮かべている。

「いいえ、なんでもない」

 その時の彼女の笑顔がぎこちなかったことくらい紬にはすぐに察せた。
 
 
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