根暗な貴方は私の光
第四章 終焉

夜明け

 翌日。長く続いた夜がようやく明けた。吹き抜けの窓の外には、未だ灰によって薄汚れた空に太陽が顔を出している。

「────さん、五十鈴さん」

 誰かに呼ばれていることに気が付くと意識が鮮明になる。目を開ければ紬の顔を覗き込む江波方の顔がすぐ近くにあった。
 眠気眼を擦り辺りを見渡す。昨晩まで皆の絶望でどんよりとした空気を漂わせていた教室内に微かな活気が戻っていた。
 両腕を前に伸ばして凝り固まった身体を伸ばすと、隣りに座っている江波方の顔を見上げる。

「おはようございます」
「ええ、おはようございます」

 名前では呼んでくれなかった。昨晩の出来事が嘘のような普段通りの会話である。
 それでも彼は隣りにいることを拒みはしなかった。ただ黙って傍に寄ることを許してくれる。それが紬の幸せでもあった。
 夜が明けたことで昨晩は窶れた様子だった女学生達も活気を取り戻している。
 教室に数人の女学生が救急箱を持って入って来た。

「行きましょうか」
「そうね」

 先に立ち上がった江波方は手を伸ばす。昔、鏡子がこうして手を差し伸べてくれたことを思い出し、紬は彼に気づかれないよう奥歯を噛んだ。
 中々手を取ろうとしない紬に痺れを切らしたのか、それとも心配に思ったのか江波方は自分から紬の手を握った。
 肉刺が至る所にあって骨張った大きな手。その手で優しく握られ、また心臓がとくんと脈打った。
 優しく微笑む彼の顔を見ていると嘘だと思っていた気持ちが本物になっていく。紬の中でも江波方の中でも昨日の出来事はなかったことではないのだ。
 紬も彼の手を握り返し、身体を支えられながら立ち上がる。耳のすぐ近くに彼の顔があって、また頬が火照ったのは言うまでもない

「とりあえず、皆の所よね」

 紬が小さく呟くと江波方も彼女の考えに賛同する。蕗達とバラバラの教室で夜を明かしたため、まずは彼らと合流するところからだった。
 横たわる怪我人達を避けながら教室の半開きになって固まった扉の前に立つ。
 すると今にも教室を出ようとした紬の前を誰かが通り過ぎた。小柄の女の子のような影である。

「……蕗ちゃん?」

 黒く焦げた廊下に出ると曲がり角を曲がる蕗が見えた。江波方も同じように廊下に顔を出して不思議そうに首を傾げている。
 慌てた様子の蕗を呆然と眺めているとそのすぐ後ろを仁武が追いかけている。ジタバタと音を立てて二人は学校を飛び出して行った。
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