根暗な貴方は私の光
 硝煙の匂いが混ざった風が頬を撫でる。その風に導かれるように軍服を身に纏った男達に目を向けた。
 そして現実を知る。今この場にいる彼らは涙を流すことすら許されず、お国のために命を懸ける覚悟を持っているのだと。

「一刻も早くこんな戦争を終わらせる、それしかこの地獄を終える方法はない。覚悟を決めるのなら、今しかありませんよ」
「……もう、決まっているよ」

 日ノ本に生まれた限り、彼らは抗えない運命の下に晒されている。しかし、それは皆にとって栄誉あることだった。
 政府に洗脳されているからでもない、誰かに言われたからでもない、本気で彼らは命を懸けて戦うことに誇りを持っているのだ。
 そしてそれは、ずっと前に戦争で命を落とした父も同じ思いであったのだ。
 実の父の元に赤紙が届いた日、父は言った。

『ああ、とうとう俺もお国のために……』

 父もまた戦地へ行けることを誇りに思っていた。母はそんな父に献身的に尽くし、最後には立派に送り出したのだ。
 ただ一人、部屋に籠もって現実から逃げていた紬だけが愚かであったのである。

「こんなことをする世界のために俺は戦場に行きたくはない。でも、戦うことでしかこの先も続く地獄を打ち破ることはできない。同じことがもう二度と起きないように、俺達が終わらせる。そうしないと、この地獄は終わらない」

 一歩前に躍り出た仁武は曇りのない瞳で目の前に広がる景色を見ながら言った。
 十年ほど前、まだ子供だった彼からは似ても似つかない立派な横顔。血は繋がっていないがやはり彼らは姉弟であった。
 仁武と鏡子は同じ決意に満ちた真っ直ぐな目を持っているのだ。

「なんて狂った世界なんだろうな」

 また他人の言葉に共感してしまった。もう誰にも干渉されず独りで生きると決めたのに、簡単に誰かの言葉に影響される。
 けれど、それは悪いことではなかった。ただ同じ世界に生まれて、同じ明日を夢見て、同じ理想を持っているだけなのだから。

「俺は、死にたくない。やり残したことがたくさんあるんだ。したいことが、してやりたいことが、たっくさんある」

 蕗の方に振り返ってそう言う仁武の目には微かな後悔が滲んでいた。言葉の通りしたいことがたくさんあるのだろう。
 それでも“したいことがある”と言うだけで“生きてやり遂げる”は言わなかった。
 どれだけ願っても叶えられないと知っているから言わない。それはこの場にいる誰もが同じであった。
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