根暗な貴方は私の光

決意

 仁武が言う丘が何処にあるのか紬は皆目見当がつかなかった。先を進む蕗は知っているようでその足取りに迷いはない。
 後を追う紬達は何処へ連れて行かれるのかという微かな不安を感じた。
 しばらく焼け野原の中を歩いていると、ふと紬の視線の先に小さな山のようなものが現れた。恐らくあの小さな山のようなものが仁武の言う丘なのだろう。
 近づけば想像以上に大きな丘であった。先を進んでいた仁武と蕗は慣れた足取りですいすいと丘を登っていく。
 そんな二人を見ながらも運動不足が集った紬は一歩を踏み出すのもやっとであった。江波方が先を登り手を引いてくれるため、彼の優しさに甘えてまた一歩を踏み出す。
 そうしてようやく頂上に辿り着いた一同は、丘の下に広がる景色を前に言葉を失った。

「思っていた以上に、酷いな」

 仁武の憎しみと怒りがない混ぜになった低い声が辺りの空気を震わせる。
 隣りに立っていた蕗もまた目の前の景色を前にしてやるせないといった表情を浮かべた。

「何も無くなっちゃったんだ」

 その言葉を聞いた紬の心臓がどくんと大きく脈打つ。何も無くなった、その言葉がやけに鋭く刺さってきたのである。
 
「本当はね、ここからは町全体を一望できたの。小さいけど明るくて賑やかな町。皆が幸せそうに暮らしている、そんな町が。そのはずなのに……」

 見てはいけない気がした。声が震えている、きっと泣いているのだろう。
 今の蕗を見てしまえば紬はもう我慢できなくなってしまう。目の前の現実に打ち拉がれ、立ち上がれなくなってしまう気がしたのだ。

「なんで、こうなっちゃうんだろう……。この町が好きだったはずなのに、好きなだけだったのに。ずっと、このまま生きていけると、思っていたのに。今は、この町が嫌いだよ。こんな世界も、現実もっ……」

 視界の端で蕗は地面に崩れ落ちた。真っ直ぐと景色を見つめる紬の耳に彼女の咽び泣く声が届く。
 気を抜けば今にも泣きだしてしまいそうだった。何もかもから目を背けて泣けば少しは楽になれたかもしれない。
 けれど、紬の目から涙が出てくることはなかった。

「俺達にできることはないんだな」

 仁武の全てに落胆したような暗い絶望が滲んだ声が聞こえる。それ以上言えば蕗の我慢が耐えられなくなると分かっているのに、紬は何も言えず何もできずただ呆然と焼け野原になった町に目を向けることしかできなかった。
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