根暗な貴方は私の光
 やけにそわそわとした様子の生徒達は、恐らくまた紬の“あの話”を聞きに来たのだろう。
 紬にとってその話は決して気持ちの良いものではなく、これまで上手く理由をつけて話しては来なかった。

「ねえ、紬先生。根暗な軍人さんの話を聞かせて」

 今年は終戦から十年目の節目であった。今ではあの空襲で味わった地獄が見る影も残っていない。
 そんな節目だからこそ、話してもいいかと思った。特に隠すような話ではないのが正直なところであったからだ。
 気持ちのいい話でも思い返して嬉しくなるような話でもないが、悪くはない思い出だ。
 少しだけならば彼女達に話してもいいだろう。

「ええ、いいわよ」
「えっ! 本当?」

 これまでどれだけ願っても話してもらえなかった女子生徒達は、まさか承諾されるとは思っていなかったようで目を見開いていた。
 紬は半ば揶揄うように笑うと小さく息を吐く。心を落ち着かせるために呼吸を整え、そして語りだした。

「その人と出会ったのは、先生が昔働いていた甘味処だったの。彼を含めて四人の軍人さん達で店にやって来て、気に入ったのかそれから時間がある度に店に来るようになった」

 思えば、彼らが暇を見つけて町に出ていなければあの店に来ることもなかったのだろう。そして出会うこともなかった。
 端の席で独り静かに座っていた男。まるでそこにいることが苦痛とでも言いたげな表情は今でも覚えている。

「いつも店の奥の端の席に座っていてね。仲が悪いわけじゃないだろうに自分から独りになろうとしていたの」

 紬が自分から全てを捨てて独りになったように、彼もまた自分から独りになることを望んでいるようだった。
 そんな彼が哀れに見えたのである。まるで独りで町を放浪していた頃の自分を見ているようだと思った。
 もしそんなことを思わなければ、紬が彼に話しかけることもないままだっただろう。そして今も想い続けるなんてことはなかった。

「だからそんな彼が気になって話しかけてみたらね、案外よく笑う人で。私は植物が好きなんだけど、その人は大して詳しくないのに私が語っている間は静かに聞いてくれていた。それから次第に二人で話すようになって」
「好きになったんですか?」

 濁すこともせずド直球に一人の女子生徒が尋ねてくる。キラキラと宝石のように輝く瞳を向けられると、嘘が吐けなかった。
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