根暗な貴方は私の光
終章 私の光

エピローグ


────一九五五年 春────

 春の陽気が辺りを優しく包み込む。生徒達の声で騒がしい中庭を進んでいると、ふと足元に咲いている花が目に入った。
 屈んでよく見てみると、その花は白く小さな花を咲かせている。花壇に植えられていたのは、イヌホオズキという花であった。
 春の暖かい風に吹かれてイヌホオズキは微かに揺らめいた。同じように風に攫われた髪が視界を塞ぐ。
 髪を耳に掛け立ち上がると、膝に付いた土を払って校舎の中へと向かった。
 
「紬せんせー! おはよー!」
「おはよー!」
「紬先生、今日も可愛いねー!」

 黒いワンピース型の制服を来た女学生達が校舎の中に入るなり教室から飛び出してきた。
 紬の周りを取り囲み、皆好き好きに言葉を発する。街でも随一のお嬢様学校に通う生徒であるのに、いつも紬の前ではこうして自由に話し掛けてくるのだ。

「はいはい、ありがとう。ほら、教室に戻って」

 毎日こんなことを繰り返していれば嫌でも慣れる。今日も楽しげに話を途切れさせない生徒達を窘めながら教室へと入った。
 紬が教室に入るなり自由に過ごしていた生徒達が一斉に席に着く。全員が席に座ったことを確認し、持ってきていた名簿を教卓の上に置いた。

「えー、今日から晴れて二年生になった皆さん。一年この学校に通い様々な出来事があったことでしょう。二年目となる今年は、皆さんにとって『楽しかった』と思える一年にしてほしいと思っています。そのために全力で支えていこうと思っているので、一年間よろしくお願いいたします」

 教師歴三年。まだまだ教師駆け出しの身である紬は、晴れて今年から担任を持つことになった。
 元々副担任をしていたこともあって、殆どの生徒とは顔見知りである。特に改まって自己紹介などをする必要はなく、簡単に話をまとめると一限目の授業まで生徒達には自由に過ごさせることにした。
 新学期ということもあって紬にはやらなければならないことが山積みである。教卓の上で生徒に配らなくてはならない書類を整理していると、先程襲い掛かってきた数名の生徒が教卓の周りを取り囲った。
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