恋するだけでは、終われない / 悲しむだけでは、終わらせない
第三話
もっと文化祭や、体育祭を盛りあげたい。
生徒中心で、ほかにも行事を企画してみたい。
部活に専念できるようにして欲しい。
委員会などを、効率化したほうが良い。
……そんな意見を、すべてひっくるめて。
「生徒会を発足させる? しかも僕たちが、ですか?」
思わず聞き直してしまった僕に。
「海原君。三年生たちはね。あなたと、放送部だから託したいそうよ」
寺上校長が、あっさりと。
……なんとも重たいことを、伝えてくる。
ま、まぁ……。
もっと学園祭が盛りあがるのは、楽しいだろう。
放送部が委員会を兼務するという、妙なルールはなにかいびつだ。
それに独立した組織になれば。
部活動なら部活動、生徒会なら生徒会と。
それぞれの活動に、集中して取り組みやすくもなる……気はする。
ただ、それにしても。
それを『僕たちが』、やるべきことなのだろうか……。
それだけではない。
立ちあげに必要であろう、膨大なエネルギー。
予測不可能な困難や、そもそも本当に賛同者が集まるのかとか。
まだまだほかにも、問題や課題がたくさんあって。
即答なんてとても、できる話題ではない……。
しばしの沈黙を破ったのは、高尾先生の隣に座る都木先輩で。
その言葉は、いつものように。
「ごめんね、いままで黙ってて」
……僕たちを気づかうところから、スタートする。
「いえ、あの。先輩は別に……」
悪くない、そんなことは当たり前で。
むしろいままで、待っていてくれたのだろうと思うと。
やっぱり、先輩は最上級生で。
僕とは色々な面で。大きな差があると、感じてしまう。
「きっと都木先輩は、いろいろ配慮してくれたんだと思います」
僕にしては、珍しく気づかいのある発言ができて。
「あ、ありがとう……」
そこまでは、問題なかったのだけれど。
「……ところでどうして、いままでそんな話しがなかったんですか?」
それに続いた、何気ない質問が。
目の前の大人たち三人の心を。
遠慮なしに、えぐってしまったことなど。
……このときはまだ、理解していなかった。
……静かに海原くんを見つめる、美也ちゃんの姿を見て。
文化祭のあともそれなりに。
わたしたちと一緒に、いてくれたはずなのに。
やはり美也ちゃんは、『引退』してしまっていたのだと。
……できる限りわかりたくなかった。
そんな現実を。わたしは改めて、知った気がした。
「……ねぇ月子、聞いてもいい?」
あのとき美也ちゃんが、わたしに確かめてきた『覚悟』とは。
来年度の副部長や副委員長とか、そんな『肩書』だけの話しではなくて。
もっとずっと、深いものだった。
引退の次に待つのは、卒業で。
そのときは残酷な現実として。
こうして日々、近づいている。
それにしても。
美也ちゃんはわたしとは、大違いだ。
学校の未来とか、後輩たちのために物事を考えられるなんて。
わたしには……とてもできない芸当だ。
加えてわたしは、わがままだから。
自分が一緒に関われないことに、海原くんとの時間を奪われるなんて。
とても、そんなことなど……。
……わたしを見つめる、月子の瞳を見て。
少し『誤解』があると、わかってしまった。
あのね、月子。
わたしはあなたの『覚悟』について聞いたけれど。
あなたに『託した』とは、伝えていない。
ほかの三年生たちの意見と、わたしのそれも少し違っているし。
そもそもわたしは。
……聖人君子、なんかじゃない。
ただいまはそれより、先生たち。
三人の先生たちが、なにか。
伝えるべきか迷っていることがある。
そのことのほうが、優先だと思った。
「どうして、いままで生徒会がなかったんですか?」
海原君の質問は、何気ないものだったけれど。
きっとそれは、とても重要なことなのだと。
……わたしは直感的に、わかってしまった。
「……ねぇ昴君。なんだか、大変なことになってきたね!」
この重苦しい、空気を入れ替えようと。
わたしは明るく、みんなに聞こえるように声を出す。
「れ、玲香ちゃん?」
「なに? どうかした?」
……もう、そんな驚いた顔しないでよ。
あのね、この部屋にはね。
美也ちゃんとか、月子もいるけれど。
わたしだって、昴君のそばにいるんだよ。
小学校のときは、たくさん一緒に遊んだから。
わたしには、楽しい思い出がいっぱいある。
別の中学になってからは『寄り道』したけれど。
それでもいまはまたこうして。
わたしは、昴君のそばにいる。
美也ちゃんとか、姫妃の気持ちは知っている。
昴君を好きだと、はっきり口にしたふたりはまだ。
その気持ちを、持ち続けたままで。
むしろ、特に美也ちゃんなんてあの頃よりもっと。
昴君への想いが、強まっている。
あと……正直ね、月子の想いは。
もう、どっちだっていい。
だって本人の自覚とか、言葉にしたかどうかなんて考えなくても。
月子が過ごす日々はもうとっくに。
……昴君を中心に、回っているのだから。
でもね、忘れないでよ。
……わたしはちゃんと。昴君のそばにいる。
だからわたしは。
わたしたちの、目の前の課題。
生徒会がどうとかとかいう、新たな難題について。
昴君と一緒に、考えていきたいの。
「……決めなよ」
「へ?」
……高嶺がなにか、つぶやいた。
「部長の海原君が、決めなよね」
波野先輩が、笑顔で僕を見ると。
「由衣とわたしは、それでいいからねっ!」
わざとらしく、ふたりで肩を組んで。
まるで励ますかのように、僕を見た。
「い、いやでも……」
ただ僕が、続ける前に。
「今回ばかりは、それはダメ」
三藤先輩が、ピシャリと否定する。
「放送部のことなら、部長に任せたとしても。これは生徒会のことなのよ」
そういったあと、先輩は。
「だから新しい誓いがないと、あと『覚悟』がないと……絶対ダメなの……」
都木先輩を、チラリと見ながら。
まるで自分にいい聞かせるように、つぶやいた。
もう一度、重い雰囲気が会議室を包みだす。
ただ、この『重さ』は。
僕たちというよりはむしろ……。
藤峰先生と、その相棒と。
加えて校長の側から、発せられている気がして……。
「以前なにか、あったんですね?」
そのとき。
僕だけではなくて、幾つもの声が。
……同時に、ひとつのことを質問した。
「あ、あのね……」
「む、むかしね……」
口を開きかけた、ふたりに。
「……いいのよ佳織、響子」
校長は、そっと手を伸ばしてやさしく制すると。
会議室にいるひとりひとりの顔を、ゆっくりと眺めてから。
手元のファイルを、愛おしそうに開くと。
「あなたも、聞いていてね」
その中身に、そっとつぶやいてから。
よくとおる、落ち着いた声で。
「……少しつらい話しをするのだけれど。聞いてもらえるかしら?」
……そういって僕たちに、語りはじめた。