恋するだけでは、終われない / 悲しむだけでは、終わらせない
第四話
……『あの子』は、中学生までは。
とっても、物静かな子だったのですけどね。
この『丘の上』に入学して。しばらくすると……。
「あなたと……あと藤峰佳織さんと、高尾響子さん、ね?」
「つぼみ先生! パンが好きな子と、すっごいおしゃれな子で覚えて!」
「そ、そうね……」
「わたしたち。『三人で』放送部に入ります。よろしくお願いします!」
わたしは『あの学年』を、担当しないことになっていたので……。
まさか『あの子』以外のふたりが。
最初はあんなに、猫を被っていたなんて……ちっともわからなかったわよ。
でもね、入部してすぐに。
「誰ですか! 『また』机にジャムをこぼしたのは!」
「ファッション誌とか、山積みしたままにしないで片付けなさいっ!」
日に日に、その本性を現してきたのよ……。
その三人はね、おもしろいほど。
互いの好きなことと、苦手なことがバラバラで。
「じゃぁさ、三人混ぜたら無敵じゃない?」
「そうかも。やってみない?」
そうやって、得手と不得手を助け合ったり、交換しているうちにね。
どんどん仲よくなっていって。
おとなしかったはずの、『あの子』も。
ほかのふたりのおかげで、よく笑うようになって。
あとは、そうね……。
ふたりに負けず劣らず、かわいくなった。
加えて、『あの子』は。
本を読んだり、お話しを書くのが大好きでね。
いつのまにか、あとのふたりと。
ラジオドラマを作るのにはまってしまって。
「いただきま〜す!」
週末ごとに、わたしの家でご飯を食べては泊っていって。
「『フリ』でもいいんで、引率お願いします!」
連休や長期休暇のたびに。『神社』で、合宿だといってはずっと一緒にいて。
そうこうしているうちに、本当に。
「ヤッタァ!」
いつくかの賞まで、とってしまったわ。
それから、二年生になって。
体育祭と運動会が、秋に移動することが決まりましてね。
なんだか、誰か生徒のまとめ役が必要だという話しになって。
あの子たちに、お鉢が回ってきたのよ。
「……それで。あなたが、委員長なの?」
驚くわたしに、『あの子』は。
「つぼみ先生の、スカートの色あてゲームだから。絶対勝てると思ったのに!」
朝見たものと違う色に、わたしが履き替えたせいだと。
笑いながら文句をいっていたわ。
実際の委員会の活動は、三人が大活躍をしてくれて。
秋への移行は、つつがなく済んだわ。
明るくて、にぎやかで。
それでいて、仕事をきっちりこなす三人は。
校内でも無敵だと、評判になって……。
「三年の先輩たちが、このまま生徒会とか作っちゃいなよって盛りあがってね!」
そういわれて、わたしも深く考えず。
顧問として応援すると、いってしまった。
……スタートは、順調だったのよ。
だって、三年生が味方でしょ?
そう、あの頃はいまよりずっと。
上級生のいうことには、力があった。
とはいえ、そこは人間だから。
おてんばな三人に対して、少なからぬ嫌味とか、反発もあったのだけれど。
それでも、生徒のみんなが協力してくれると信じていた三人は。
夢中になって、生徒会発足の総会を開くために。
精一杯準備を続けていたわ。
「あとは、総会だけだね!」
「卒業後だから、投票できないけれど。楽しみにしておくね!」
強力にあと押ししてくれていた、三年生たちが卒業して。
年度が変わったばかりの、四月のある日。
そう、まさかのあの日……。
……総会に参加した生徒は、半分にも満たなかった。
「『前の』部長とか先輩に、いわれただけだから……だって」
「応援はするけど。でも総会にいく時間あったら、正直遊びたいなって……」
「勝手に騒いでるだけで、興味ないって。はっきりいわれちゃった……」
盛りあげてくれていた、上級生が卒業してしまって。
残った二年生たちは、実際のところ……。
「だって、もう決まったと思ってたから。いかなくても平気かなって」
自分たちのことだとは……あまり考えていなかったのよね。
未熟なわたしも。
ただ応援するだけではなくて、もっと関わるべきだった。
あの子たちと、卒業した生徒たちを。
両方失望させてしまった。
そう思って、後悔したわ。
でもね、あの三人は。
わたしなんかよりもずっと、強くって……。
「準備不足だったね!」
「先輩たちに頼りすぎたね!」
「うん、もう一度やればいいよね!」
そういって、決して下を向かなくて。
再度、総会を開催するために。
もう一度、走りだしたの。
「……だって『委員長』だから、一番頑張る!」
そう決めた、『あの子』が。
再開催を認めてもらうための、署名活動をはじめて。
実は少しだけ、嫌な予感がしたのだけれど。
でもそのひたむきな姿に、諦めなさいとは。
……どうしても、いえなかった。
三人は校門へ続く並木道で、生徒たちに署名を頼んでいて。
加えて『あの子』は、毎朝早起きすると。一枚一枚、机に向かって。
一心になにかを書いていたわ。
佳織と響子は、少し遠いところからかよっていたから。
ひとり、街中に住んでいた『あの子』は。
毎晩家に帰ると、自転車に乗って。
「このままだと、まだみんなに伝わらないから!」
そういってあちこちに。
お願いの手紙を配って回ったり。
署名を直接、お願いしたりしていてね……。
「……ねぇ。今夜は雨が強いわよ。明日にしたらどう?」
「この雨だからこそだよ! 普段部活で遅い子たちが、家にいるんだよ!」
「でも……」
「お願い! 署名の数、瀬戸際なの!」
あんな必死な顔で、いわれたら……。
大粒の、雨の中で『あの子』は。
その日もまた、自転車に乗って。
……『わたしたちの家』を、飛び出した。
希望を持って、はじめたけれど。
瀬戸際まで、追い込まれたから。
無理を、したの。
そしてわたしは。
無茶を、させてしまったの……。
「……総会は再開催、できなかったんですね」
……僕は、もうそこまででいいと。
そう、伝えたつもりだった。
でも、寺上つぼみは。
最後まで、きちんと伝えるのが。
……『その子』のためにもなると、思ったのだろう。
「……再開催は、かなわかったわ」
寺上校長が、そう口にすると。
藤峰先生が校長の手に、そっと自分の両手を重ねてから。
「賛同数が足りていたかどうかさえ、わからないの……」
悔しそうな声を、しぼりだす。
「……数えることさえできたら、というのも仮定の話し」
高尾先生が、ふたりの背中をさすりながら。
涙をこらえて、それから……。
……雨と泥と、赤い色の液体が混じってドロドロになった、分厚い紙の束は。
残された三人が、どれだけ必死になっても……。
……読むことが、かなわなかったと。
校長が僕たちに、教えてくれた。
「……『娘』はね、ここにいるのよ」
手元のファイルを、もう一度開くと。
寺上つぼみは、しばらくそのまま。その中身を。
……ひとり静かに、見つめていた。