恋するだけでは、終われない / 悲しむだけでは、終わらせない
第五話
「……『かえで』って、いつも笑ってた」
「これからだって、『かえで』は笑顔に決まってるよ……」
藤峰先生と高尾先生の、言葉を聞きながら。
僕には、『その人』の写真を見る資格がないと思った。
「あなたたちに無理をさせたくない理由。わかっていただけたかしら?」
寺上つぼみは、そういうと。
涙をこらえた目で、僕を見る。
「……大変失礼な質問をして、申し訳ありませんでした」
「失礼なわけ、ないよ……」
藤峰先生と。
「そうだよ、みんなの先輩の話しなんだから……」
高尾先生が。
同じように涙をためながら、僕たちを見る。
続けて、先生たちが。
「海原君。寺上かえでも、放送部の部長だったの」
「あの子は、きっと後輩が無茶することを望まないから」
「だから、みんなもね……」
そこまでいいかけて、それから。
……寺上かえで先輩の母で、顧問で。
悲しみを背負ったまま、校長になったその人が。
「先輩の意志などとは考えず。自分たちで相談して、決めてください」
そういって、立ち上がって。
僕たちに、一礼する。
同時に。
僕と同じ列で。涙を流したり、必死にこらえているみんなも一斉に立ち上がると。
校長とふたりの先生。
そしていまは会えない、元部長に。
……心からの敬意を込めて、一礼した。
……最終下校まで、会議室を使って構わないと伝えたものの。
彼らは放送室に戻ると、即答した。
「……寺上先生?」
一番最後に、会議室を出かけた彼と目があって。
「……海原君、ひとつ聞いていいかしら?」
わたしは思わず、聞きたくなった。
いや、ひょっとすると。
これはわたしではなくて『かえでが』。
聞きたがったのかもしれない。
「……あなたにとって。放送室の居心地はどうかしら?」
「……不思議な子、よね」
そういってわたしは。
静かに涙を流し続ける、佳織と響子にほほえみかける。
「つ、つぼみ先生。どうしたの?」
「また海原君、やらかした?」
もう……あなたたちの生徒でしょうに。
涙で、聞こえていなかったのね。
「彼が、やっと答えを教えてくれたのよ……」
「……えっ?」
驚くふたりに、わたしは。
「かえで、放送室が好きだって。いつも話していたわよね?」
「う、うん」
「どこよりも、気に入ってた」
……だからわたしは、かえでの写真を。
放送室のどこかに、密かに飾ったほうがいいのかと。
長いあいだ、ずっと悩んできた。
わたしの質問に、あの部長は何のためらいもなく。
「放送室じゃなくても。一緒にいられれば、そこが居心地いいですよね」
まるで、かえでに答えるかのように。
そういって、少しだけほほえんだ。
「海原君が、校長に?」
「スマイルしたの? この状況で?」
だから……あなたたち。
もう少し、生徒を認めてあげなさいよ……。
「あぁ、きっとつぼみちゃんの背中かなにかに」
「かえでがいて、笑いかけたんじゃない?」
「そうそう! 海原君ってさぁ〜」
「美人の笑顔に、弱すぎだもんね〜」
あぁ……この子たち。
ムチャクチャなことを、いっているけれど。
でもおかげで、ついわたしも。
「ありえなくも、なさそうね……」
ダメ顧問みたいなことを、いってしまった。
それはさおておき。
「一緒にいられればいい」
その答えはを、信じるとすれば……。
「ねぇ。あなたたちも写真、持ち歩いているのよね?」
「もちろん!」
「毎日、見てますよ!」
……だったら、わたしは。
いえ、わたしたちは。
ずっと、ずっと。
かえでの望みを。
かなえてあげていたのよね……?
それにしてもまさか、高校生に教えられるなんて……。
「しかも海原君だよ? 超がつくほど、鈍感君だよ?」
「えっ?」
「あ、でも彼。たまに驚くほど。心に刺さることをいうからねぇ……」
「あら……」
「よし響子! せっかくの機会だから、『あの子』を囲んで四人でお茶しよう!」
「ちょ、ちょっと」
「オッケー佳織。パン、取りにいくよっ!」
「か、勝手に決めないの!」
わたしを無視して、ふたりが走り出す。
「こら、教師でしょ! 廊下を走らない!」
……あぁ、まったく。
いつまでたっても、変わらない子たちなんだから……。
「えっ、かえで? こら、走るなー!」
「ちょっとかえで〜、つぼみちゃんに怒られるよ〜!」
まったくもう……。
なにふざけてるの? あなたたちは……。
だが、このとき。
わたしの右肩に、なにかがそっとと触れた気がして。
それから、ほんの少しだけ髪の毛に風を感じて。
それからまさかとは、思いつつ……。
ほんの一瞬だったものの。
あの子たちの隣に、かえでの姿が。
……わたしにも、本当に見えた気がした。
……盛大に、廊下でくしゃみをした僕に。
偶然、隣にいた高嶺が。
「うわっ! きたなっ!」
泣き虫隠しに、無駄に叫ぶ。
「誰かが、噂話とかしてるのかな?」
涙声の残る都木先輩は、そういうけれど。
噂どころか、悪口の気がするのは。僕だけでしょうか……。
放送室に戻って、扉を開けてみたら。
あらら……。
誰が閉め忘れたのか、窓が開いているじゃないか。
「三藤先輩。窓が開きっぱなしで……って、どうしました?」
「いま紅葉色のなにかが、窓の向こうに飛んでいかなかったかしら……?」
「えっ?」
「……かえで先輩、だったりする?」
波野先輩が。
ヒソヒソ声で、玲香ちゃんに質問する。
「わたし霊感ないから、わかんない……」
すると、春香先輩が。
「ふ〜ん。わたしは、あってみたいけどなぁ……」
そういうと、窓際に駆け寄って。
「見て見て!」
大きな声を出して、僕たちを呼んだ。
……ふわふわと、空に舞い上がっているそれは。
『偶然』にも、一枚のかえでの葉で……。
それを見て、何人かが。
お決まりのように、叫ぼうとしたけれど。
「かえで先輩は。元々は物静かなかた、だったのよね……」
三藤先輩の、そのひとことで。
僕たちは、窓辺でしばらくのあいだ。
みんなでその一枚に向かって。
……小さく、手を振り続けた。