恋するだけでは、終われない / 悲しむだけでは、終わらせない

第六話


 保健室の扉を開けると。
 またすべての窓が、開け放たれていた。

「……わざわざありがとう。おじいちゃん、海原(うなはら)(すばる)君」
 外の景色を眺めていたその子は。
 いいながら、ゆっくりと僕たちに振り向くと。
鶴岡(つるおか)夏緑(なつみ)だよ、よろしくね」
 極めて『普通』に、自己紹介をする。

「えっと。おじいさんだとは、知らなくて……」
 いいかけた僕を、彼女はさえぎると。
「理事長なのも、だよね?」
 初めて見る笑顔で、こちらを見る。

「おぉ……」
「おじいちゃん、そんなに驚かないでよ」
 少し、はにかんだようすでその子が。
「昔はわたしだって、笑ってたでしょ?」
 そういってもう一度、笑顔を見せると。

「おぉ……」
 隣に立つ老人は、同じ言葉を繰り返してから。
「そ、そうだったな……」
 少し涙ぐんだ声を絞り出し。ゆっくりと前に進み、窓の外に顔を出してから。
「か、風が強いもんでな……ゴミでも入ったわい」
 そういって目元に、静かにハンカチを押し当てた。


「……海原昴君って、やさしいんだね」
 少し視線を外した僕に、気付いたようで。
 その子はじっと、僕を見ると。
「うん、海原昴君はやさしいね」
 また同じ言葉を、繰り返す。

 続けて、鶴岡さんは。
「……ねぇ、わたしって『変』かな?」
 前回も聞かれたことを、いきなり僕に質問してくる。

「……え、えっと」
 いったい、どう答えたらいいのだろう?
「まぁいいや。じゃあこれからは『ウナ君』にするね。よろしく!」
「へ?」
「なに? もしかして、それより『ウ君』のほうがいい?」
「あの……鶴岡さんの、話しじゃなかったの?」
「あぁ、それはもう終わって。なんて呼んだらいいか考えてたんだ」
「は、はぁ……?」


 ……きっと彼女は。なんとなく、不思議ちゃんなのだと。
 そう思えば、丸く収まる気がしてきて。

「あ、あとね」
 事実、不思議ちゃんの会話は、途切れることなく。
「おじいちゃんの判断はおじいちゃんのものだから」
 しかも、話題があちこちに飛ぶ。


「……ごめん、なんのこと?」
「ウナ君、賢いのか抜けてるのかわかんない」
「へっ?」
 つい先ほど、『おじいちゃん』にもいわれたセリフがでてきて。
 おかげで僕は、このふたりの血が。
 ちゃんとつながっているのは、わかったのだけれど……。
 それにしても、なんのことなんだ?

「わたし別に、生徒会についての口添えとか、してないからね」
「あぁ……そのことだったんだ」
 それについては、珍しいことに。
 このときの僕は、鶴岡さんが僕たちのために無理に頼んだとか。
 理事長の判断がそのせいで、ゆがんだとか。
 そんなことはまったくないと。
 自分のことではないのに、はっきりといいきれた。


「なぁんだ、ちょっとは賢いんだね」
「あ、ありがとう……」
 続いて不思議ちゃんは、決して僕を休ませることはなくて。
「そうそうわたし、変身に飽きたから戻るね」
「えっ?」
 また、謎なことを話しはじめる。

 ただ、『変身』と口にした彼女を見て。
 ここにきてようやく僕は。
 これまで校内で、誰も彼女に話しかけなかった理由に思い当たる。
 いや、それだけではない。
 だから逆に、僕の印象にも残っていたのだと。
 そんなことにも、ようやく気がついた。


 ……緑色のくるくるパーマの髪の毛と、時代遅れの極太縁黒メガネ。

 おまけに、首にショッキングピンクの輪を何重にもつけていた、その子が。

「変身解くから、ふたりともうしろ向いてて!」
 弾んだ声で、僕たちに告げると。
 彼女は窓から入り込んだ、風に吹かれながら。
「あとちょっとだから。そのまま待っててね!」
 自分を覆っていた『殻』を破り捨てると……。


 鶴岡夏緑、その人は。
 本当はサラサラの黒髪と、クリッとした瞳が印象的な。

 ……ごく『普通』の、女子高生だった。



「……どう? ウナ君、驚いた?」
「し、心臓に悪いくらい。『変身』したね……」
「あのさぁ、クイズ番組の怪獣みたいに。いわないでもらえない?」
 なるほど、外見は変わっても。その中身は不思議ちゃんのままで。
 少し僕は、ホッとしたものの。

 一方、彼女は。
「おじいちゃん、どう?」
 もうひとりに感想を、求めたのだけれど……。

「……あ、ダメだったかぁ〜」
 彼女のそんな声が、聞こえてきて僕は。
 鶴岡(つるおか)宗次郎(そうじろう)が、またしても涙を流したのだと、わかってしまった。





 ……ここからは、いろんな景色が見えていた。

「ねぇ。いまから自分語りするから、ちゃんと聞いてくれる?」
「う、うん……」
「イタイ女だよ、でも聞いてよ!」
 おじいちゃんが、『立ち直る』まで。
 ウナ君にそう断ってから。
 わたしは、彼に。
 わたしの気持ちを、ぶちまけた。


 なんせ一日中、ここから眺めていたからね。わたしの目は相当鋭いよ。
 あの子たちは嘘くさい友情だな、とか。
 あのカップル、長くは続かないよなとか。
 無難な付き合いのグループ、いつもひとりの子、しょっちゅう友達変える子。
 とにかくいろんな人間模様を、見ていたの。

 ……ウナ君は、きっと忘れているだろうけどね。

 始業式の日。
 放課後自分の席に座りにいったわたしが。
 ほかの誰かに見られて、慌てて教室を出ようとしたとき。
 君はわたしのために、扉を開けて逃がしてくれた。 

 また、別の日。
 講堂の中が見てみたくて、放課後にふらりといったとき。
 君はまた、扉を開けておいてくれて。
 わたしが戻ってから、鍵をかけに戻ってきた。


「ウナ君ってさ……」
 わたしを意識して、行動してくれたわけじゃないから。
 きっと、君は覚えてもいないのだろう。

 そう、君の持つ記憶は。
 わたしのそれより少ないの。
「変な格好してても、コンビニで困ってたら声をかけてくるんでしょ?」
「そ、そういえば……」
「保健室でわけわかんないこと聞かれても、ちゃんと答えてくれるでしょ?」
「ま、まぁ……」

 わたしは、ウナ君を窓から何度も見ていたから知っている。
 君の周りは、とってもあたたかいと知っている。


 ……だから、正直にいうね。
 わたしも少しでいいから、混ざりたい。
 もう眺めているだけじゃ、物足りないって思ったの。

「もしかしたら、この高校には……」
 少しは、受け入れてくれる人がいるかもしれない。
 そう、わたしはね……。
 少しだけ、『希望』を持ってしまったの……。


「……だから、あのね」
「えっ……?」
「どこまでも。ついていくねっ!」
「え、ええっ……?」





 ……ふと、僕の背中に。強烈な寒気が走る。

 なんだか、マズイぞ!
 この状況、なにかが変だ!

 ウルウルした目の、不思議ちゃん・鶴岡夏緑が。
「お願い、ウナ君!」
 そういいながら一歩一歩、僕のほうへと近づいてくる。
「この先、ウナ君についていくから!」

 い、いや……。
 友達になりましょう、とか。
 要するに、そういうことを伝えたいんだよね?
 だったらほら、距離が近いし……。
 それにそのセリフは、誤解を招きそうで……。


「ちょい待て!」


 あぁ、やっぱり……。
 泣いていたはずの、おじいちゃんが『立ち直って』。
 必死の形相で、孫をとめにかかる。

「なによ、おじいちゃん!」
「どこの馬の骨ともわからん、ただの若造じゃぞ!」
「えっ?」
「大事な孫娘が、目の前でオスに抱きつこうなど許せるか!」
 ないですよ、ないですから……。
 なんでふたりして、話しをややこしい方向に……。

「立派な生徒だとか、いってたんだからいいじゃん!」
 あぁ……。
「ならん。海原! お前も男なら、まずはジジイを切り捨ててから嫁にとれ!」
 なんでそこまで、いきなり飛ぶんですかっ!

「おじいちゃん、理事長なのに。度胸無さすぎぃー!」
「知らんわ! 孫の一大事に肩書きなんか関係ないわー!」



 ……やれやれ。

 不思議ちゃんは、距離のとりかたまで不思議過ぎる。


 同時に、こんな騒ぎが『もし』放送室でもはじまったら……。

 僕の命が、いくつあっても足りない。
 そんな『悪夢』は、避けないと。


 そんな僕の読みは。
 実はまだまだ、浅かったのだけれど。


 実感するのは……もう少し先の話しとなる。




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