恋するだけでは、終われない / 悲しむだけでは、終わらせない

第七話


「……なぁ高嶺(たかね)、まだ時間かかりそうなら。先に三組寄っとくぞ?」
「あ、助かる! ありがと海原(うなはら)!」

 ……響子(きょうこ)先生の、お使いで。
 プリントの束を手にしたアイツが教室を出ると。
 わたしは慌ただしく、カバンに中身を詰めていく。

「じゃ、またね!」
 教室の前扉で、残っていたクラスの女子たちに手を振ると。
由衣(ゆい)、またあした!」
「お疲れ〜」

 みんながわたしに、返事をしてくれて。
 そこまでなら、なんだか仲良しみたいな感じだったから。
 せめてもう少し、教室を離れるまで。
 待ってくれたら、よかったのになぁ……。


「ねぇねぇ? あのふたりって。やっぱ付き合ってるの?」
「え? でも海原君って……二年の、あの美人の先輩とじゃないの?」
「おでこに包帯の、女優さんじゃなくて?」
「じゃなくて、転入生のかわいい先輩でしょ?」
「え〜。でもうちの部のじゃさぁ、みんな三年の都木(とき)先輩だっていってるよ〜」
 あのさ……わたし。
 まだロッカーに荷物入れてるんだけど……。

 噂話しの中に、微妙に陽子(ようこ)ちゃんが抜けているのが、また少しリアルで。
 おまけに……ウゲッ。
 みんな、ちょっとは遠慮してよね!

「え……じゃぁ由衣は……?」
「そうそう、由衣は?」
「うーん……教室にいる限り。あのふたり、お似合いなんだけどねぇ〜」
 しゃがんでいるから、見えないんだろうけれど。
 寒い中、無駄に空いている廊下側の窓から。
 みんなの声が、全部筒抜けで……。

 でもアイツがたまたま、先にいってくれてよかった。
 いつもみたいに、隣で待たせていたらと思うと……。


 ……えっ?

 思うと、なんなの?


 ……アイツはずっと、わたしのそばにいる。

 朝昼放課後の部室はもちろん。
 教室では、席がずっと隣だし。
 授業中に寝そうになったときとか、指されてどこかわからないときとか。
 ……あとなに?
 ホームルームの暇つぶしとか?

 ……とにかくアイツは、わたしのそばにいる。

 でもそれは。
 別に『ふたりきり』という意味ではなくて。
 常にわたし以外の誰かも、アイツのそばにいるんだよね?


 ……どうしてそんなことを、考えたのだろう?


 いまいちわからないまま。
 わたしはアイツと、三組の前で合流する。

「……ねぇ?」
「ん? どうした?」
「今朝、わたし髪型変えたんだけど?」
 試しに、そんなことを聞いてみたって。

「……どこが?」
「え、わかんないの?」
「うーん……」
 そう、それでいいよ。
 だって本当は、変えてなんかいない。

 ……というより。
 実は、変えていたとしても。
 アンタが気づくことなんて。きっと、ないんだよね?


「わかった!」
「えっ?」
「いやぁ。ここが微妙にはねてるのって、髪型だったんだな〜」
 あぁ、このバカ……それは寝癖だし。
 しかも、すっごく念入りにヘアアイロンしたのに。
 なんで、そんなとこだけ見つけるのよ!

「いいから、いくよ!」
「な、なんで当てたのに怒るんだ?」
 ただ、そんな超鈍感男と歩きながら。
 そういえば、一年生の廊下を歩くあいだ『だけ』は。
 わたしはコイツと『ふたりきり』なのだと、気がついた。

 ま、まぁでも……。
 だからって別に、うれしくなんてないからさ、わたし。


「そ、そうだった!」
「え? 海原なに? もしかしてわたしなにかいった?」
「きょう先輩たち、もう一限授業あるんだった〜!」
 ちょっと、驚かせないでよ!
 それにさぁ……それって。
 アンタにとって、そんなに大事なことなわけ?

 いつものように、文句をいおうとしたけれど。
 ふとこれも、同級生の特権だと思ったわたしは。

「じゃ、じゃあ。たまにはさぁ……」
 珍しく、アイツにわがままをいってみた。



「……なんで、わざわざ?」
 ……ったく。
 ほんと、風情のないヤツ!

 放送室にカバンを置いて。
「いいから、いくよ!」
 そういって、アイツを連れ出したそのあとは。
 わたしはずっと、無言のままだ。

「……だって、ふたりだけで並木道とか。歩いてみたかったの」

 心で思ったことを、もし素直にいえたなら。
 もっとわたしたちの関係は、進むのだろうか?


 ……でもそれって、ほんとうかな?
 わたしの気持ちだけが、進んでいって。
 結局アイツは、とまったままかもしれない。

 いや、少し違う。
 わたしが無理に、動いていって。
 アイツの心が……違うベクトルに進んでしまうのが。
 わたしは、怖いのかもしれない。


 ……実は、今朝。

 わたしは『恋』という言葉を、少しだけ意識した。


 そのきっかけは。月子(つきこ)ちゃんでも、玲香(れいか)ちゃんでも、姫妃(きき)ちゃんでも。
 あと、美也(みや)ちゃんでもなくて。
 あとう〜ん、陽子ちゃんはよくわかないけれど。
 とにかく、放送部のみんなじゃなくて。

 ……鶴岡(つるおか)夏緑(なつみ)と、出会ったからだ。



「……誰?」
 今朝もアイツが、調べもののために放送部に直行したそうだったので。
「いいよ、先いきな。出しといてあげる」
 代わりにアイツの分も一緒に、提出物を持って教室にいったとき。

 ……見たことのないかわいい子が、アイツの机に座っていた。

「……ご、ごめんなさい」
「いいけど……転入生?」
「ううん、保健室通学生」
「あぁ……」
 そんな子がいるのは、知っている。
 でもほかの子から聞いていた噂とは違う、容姿だったから。
 やっぱり他人の話しなんて。
 ちっとも当てにならないんだって、そんなことを考えた。


「そうなんだ。でも、その机はさ……」
「知ってるよ。海原(うなはら)(すばる)君のだよね?」
「えっ?」
「あぁ、ごめん! わたしはね……」
 そういってその子は、フルネームを名乗ってから。

「わたしの希望で、ずっと机を置いてなかったんだけどね」
 伏し目がちに、そう口にすると。
「そろそろ、教室に戻ろうかと思って。見にきちゃった」
 まるで誰かさんに、背中を押されたんだと。
 そんな表情がすべてを、物語っていた。

「高嶺由衣さん、またね」
 名乗ってもないのに、わたしの名前を呼んだその子は。
 わたしの、同級生だ。

 ……わたしとアイツの、同級生だ。


 アイツと知り合ったいきさつについては、まだわからない。
 あの子の性格や中身も、なにも知らない。
 おまけに単なる容姿だったら、脅威は部内にいくらでもある。

 あと、想いの深さとか、そんなものも関係なくて。
 ただの『同級生』。それだけなのに。

 なぜか、今朝。

 ……『恋』という言葉を、意識した。



 渋るアイツを、無理やり並木道まで引きずり出してから。
「寒っ……」
 思わず、わたしがそういうと。
「だからいっただろう……」
 アイツがあきれたような顔で、わたしを見る。

「だいたい、暑いのも寒いのも苦手とか。せっかく四季のある国に……」
「ちょっと! そこまで!」
 わたしは、右手の手のひらを大きく広げて。
 それ以上はいうなと、釘をさす。

 ……いや。
 海原が、もしその指先とかに少しでも触れてくれたら。
 ひょっとしたら。
 なにかがはじまるのかも、しれないけれど。

 でも、その先に。
 終わりがあるかもしれないと思うと……。


「まだ、早いね……」
「へ?」
「あ、限定ホカホカなんとかの発売日のこと!」

 並木道に、ふたりだけで出た。
 たった、それだけのことだけど。
 きょうはもう、それだけで十分だ。

「帰ろっか?」
「ええっ! せっかく出たのに?」
「なによ? いきたくないんでしょ?」
「いや。靴履いたから」
「から、なに?」
「た、たまには……」


 ……えっ?

 続きを、聞いてもいいの?
 せっかくだし、たまには……なら。その続きはなに?
 少し、怖くもあったけれど。
 わたしは……。

「たまには、『わたしと』なによ?」
 勇気を出して、聞いたのに……。


「コンビニ、見てみたい……」
「は?」
「いやほら。こないだみたいに、スイーツ買いにいかされないと……」
「いかされないと、なに?」
「ほら、自分じゃいかないから。つい物珍しくて……」


 ……あぁ、期待したわたしがバカだった。
 そうだ、コイツは。
 中学の頃から、コンビニとか寄らないやつだった。


「最低! 鈍感! なんかおごれ!」
「えっ、どうして……?」
「それがわかんないから、おごりなよ!」

 ……それから結局、あたたかいスイーツを。
 渋々アイツは、『わたしだけ』に買ってくれた。


「ねぇ海原。半分、あげよっか?」
「えっ? いいのか……」
「いいよ〜。でもね」
 わたしは、ちょっとわざとらしく。
「あ、ごめん! もう口つけちゃったから、ダメー」
「え、ええっ!」

 ……ほらね。
 まだまだコイツとは、なにも起こらない。

 いや、少し違う。

 ……なにも起こさないほうが、よさそうだ。





 ……あれ? ウナ君と……高嶺由衣さん?

 保健室の窓から、並んで歩くふたりの姿を。
 偶然わたしは、見つけてしまった。

「……いつもと違う、笑顔?」
「ん? 夏緑ちゃん、なにかいった?」
「いえいえ、先生にじゃないです」
「あぁ、そっか。じゃ、そろそろお茶にする?」


「……なんか、楽しそう」
 先生に、聞かれないように。
 わたしは心の中でだけ、つぶやいた。

 誰にでも見せる、笑顔じゃなくて。
 誰かにだけ、見せる笑顔がある。
 どうしてそんなことをするのか、わからないけれど。


「わたしも、してみたい……」


 絶対誰にも、聞かれないようにしてから。


 ……心の中で、つぶやいた。




< 21 / 33 >

この作品をシェア

pagetop