恋するだけでは、終われない / 悲しむだけでは、終わらせない
第九話
「……あの、藤峰先生。席の配置を……『僕が』間違えました」
まったく……。
なんでわたしを、ダシに使うかなぁ?
……それにしても、海原昴。
君は本当に、不思議な生徒だね。
扉の前で一瞬うしろを向いて。
それから教室の中を、チラリと見たあとで。
わざわざ、そんなことを口にできる君は。
なんというか……。
さすが、『わたしの後輩』だ。
もちろん、君だけじゃなくて。
それを聞いて立ち上がった、月子と玲香。
後列ですぐに動き出した、陽子と姫妃と由衣だって。
あなたたちはみんな、立派な『放送部員』だ。
ほかの生徒たちが、校長がきたからかと。
慌てて立ち上がったり、バタバタしたりしたそのスキに。
「美也ちゃん、こっち」
「先生たちも、こちらへ」
そうやって、みんなであっというまに。
青白い顔で入室したあの子を、自分たちで守るように。
椅子や机を、見事に組み替えた。
長机をサッと前に出し、『誰も座らない』最前列の空席を消すと。
二列だったあの子たちは、あっというまに三列に並び直す。
最後列に座らせた美也を、陽子と玲香が挟むと。
その前で響子と、姫妃と由衣とわたしを、壁にして。
つぼみちゃんと海原君が、最前列なんだけど……ね。
月子だけは、そのまま。
あの彼の隣から、離れなかった。
いや、そうじゃなくて。
みんなもあえて、月子を残したんだね。
だって、美也はもちろんだけど。海原君を支える誰かも必要だと。
そんなことまで一瞬で、考えたんだから。
……実に大したもんだよ、『わたしたちの後輩連中』は。
「……あの、高尾先生?」
社会科教室に向かう途中で。
わざわざわたしに、なにを聞くのかと思ったら。
「寺上校長にご同席していただいて、本当にいいんでしょうか?」
……まったく、海原君。
なにからなにまでね。
君がすべて背負う必要なんて、どこにもないんだよ?
「つぼみちゃんとか、わたしもね……」
この状況で、わたしの笑顔が役立つかはどうでもよくて。
「海原君たちのために、いるんだよ」
ただ、君の心がほんの少しでも。
……軽くなればいいと、願っただけだ。
「……みなさんに、お話しがあります」
再び静まり返った社会科教室で、校長がゆっくりと語り出す。
昨日の、放課後。
バレー部元部長の長岡仁と、後輩の一年生。
元柔道部部長の田京一と、二年生の新部長。
加えて、三年生の男子一名の計五名が。
駅近くの公園で『暴力事件』を起こした。
本件が『深刻化』するかは相手次第で、現在状況を確認中だ。
校長は、この場では触れないけれど。
原因となった『三年生』は、わたしがまだ別の高校にいたこの春に。
並木道を見下ろす裏道で、月子に絡んできたという『前科』があるらしい。
「そのときはですね……」
美也によれば、どうやら長岡君に加えて。
海原君が、その状況を救ったそうだけれど。
あなたたち、その頃からもう。
『仲良し』、だったのね?
……その生徒が、今回は。
他校の女子生徒に、同様のことをしかけたらしく。
それをとがめた、男子たちともめはじめたところ。
たまたま、その場をとおりがかった本校の四人が仲裁に入って。
なんとか落ち着いたと思った、そのあとで。
その生徒が再度暴れ出した結果、相手の生徒に軽い怪我をさせた。
先方は、全員が同じ中学出身の知り合いで。
ただ高校がそれぞれ、女子校、公立高、本校ではない私立高と別々で。
結果、四校の生徒が関わったことになってしまった。
「……なお、とめに入った彼らの名誉にかけてお伝えしますが」
そう、それはとても大切なことで。
「とめに入った部長たち四名は、絶対に手を出していないそうです」
むしろ、その点については。
相手の生徒たちも、まったく同じ証言をしてくれていると。
つぼみ先生は再度全員に向かって、強調した。
「……以上が、まず発生した事実です」
寺上校長が、そこまで話すと。
「本当に。いいのね?」
そういって隣に立つ海原くんに、顔を向ける。
「はい、ありがとうございます」
引き続き、落ち着いた声で答えた海原くんは。
「校長、あと三藤先輩も……どうぞお座りください」
並んで立ったままのわたしたちに、うながしてから。
一瞬戸惑ったわたしに、気がつくと。
なにかを悟ったように、少しだけほほえんでから。
わたしのために。
……いや。
背負うのは自分だけでいいと、いわんばかりに。
……そっと椅子を、ひいてくれた。
「……駅前で十名以上が乱闘していたと、面白おかしくネットに書かれています」
海原くんは、冷静だ。
「加えて、文化祭前の看板事故のことも。蒸し返されました」
いつも以上にずっと、冷静だ。
「ほかにも、今年度に万引きした生徒がいるとか。いじめがあるとか」
そして自分とは、関係ないことも含めて。
「ネットでは明らかに、大げさに書かれてはいますが。『プチ炎上』しています」
心を、痛めている。
「加えて。これから校内で『内乱』が発生するそうです」
おまけに、そんな虚言に付き合わされても。
「現在みなさんと取り組んでいることは、もちろん『内乱』ではありませんが……」
海原くんはやっぱり、冷静で……。
全校生徒が、満場一致することなどないだろうけれど。
明らかな不満を持った生徒が、既にいるから。
そんなことを書き込まれたのだろうと話すと。
「結果的に僕は、校内の誰かを非難する発言をしていますので……」
そんな『誰か』のためにまで、海原くんは。
「……ごめんなさい」
そういって、みんなに向かって。
たったひとりで、謝った。
……根拠のない書き込みで、尻込みする。
そんな臆病者だと、僕は笑われても構わない。
お膳立てしてくれた先輩たちに、怒られても。
支えてきてくれた、たくさんの人たちに。
情けないやつだと、思われたって仕方がない。
それぞれの出来事には、誤解や誇張がたくさんある。
でも悪意あふれる匿名の書き込みに。
この状況で、抗いたいとは思えない。
長岡先輩たちは、暴力なんて振るわない。
山川、お前が誰かを殴るやつじゃないことくらい。
僕はもちろん知っている。
でも、文化祭前の事故は事実には違いないし。
万引きした生徒、いじめに関する相談も。
今年度実際に起こったことだと、校長は僕に教えてくれた。
僕は単なる、一生徒に過ぎないし。
「あなたに責任なんて、ないのよ」
確かに、校長のいうとおりでもあるのだけれど。
ただ、それでも……。
『アノ部活民、内乱ヲコス』
……その文字が、頭を離れない。
僕はなにかを、間違えたのだろう。
はじまる前から、こんなことになってしまった上。
もしこの先。
放送部の誰かの名前が、ひとり歩きしてしまったら……。
僕は、それだけは。
……絶対に、許せなくなってしまう。
……頭を下げたままの、海原くんに。
声をかけていいのか、少し迷った。
でも、海原くんは。
「僕は……」
声が出なかったのではなくて。
「僕の大切な人たちが……」
わたしたちのために。
「見ず知らずの人間のネタにされるのに、耐えられません」
言葉を、選んでくれていたのだ。
わたしの隣で、その人は。
すべての視線を、ひとりで受けとめている。
わたしの隣で、その彼は。
すべての想いを、たったひとりで受けとめようとしている。
……その顔を見て、わたしは決めた。
……『あなた』だけが、すべてを背負う必要はない。
だからわたしは、心に決めた。
海原昴。
わたしは、この先。
あなたとわたしは、この先、決して。
……悲しむだけでは、終わらせない。