恋するだけでは、終われない / 悲しむだけでは、終わらせない
第六話
……会場の選択を、間違えた。
本来『打ち上げ』といえば、楽しげなイベントのはずなのに。
ふたりの顔が明らかに、恐怖で固っている。
「れ、玲香ちゃん……」
「……れ、玲香?」
ひきつったままの、昴君と月子の隣では。
不釣り合いなくらい、看板がキラキラと輝いていて。
「赤根玲香さん……」
寺上つぼみ校長が、わたしのフルネームを呼ぶと。
「ここが女子高生たちの『聖域』なのね……」
なんだか、すごく大袈裟なことをいっている。
「帰るわよ」
「帰りましょう」
「この先は『あの子たち』が、きてからにしましょうか……」
……ちょ、ちょっと待ってよ!
会場については、校長先生におうかがいを立てたはずだ。
ファミレスとかボーリング場とかは、先生が却下したはずだし。
茶室と町内会館と映画館は……。
まぁ、わたしがやめておこうといったけれど……。
「カラオケでいいって、いいましたよね!」
「……えっ?」
「玲香のセンスなの……?」
あぁ、ふたりのその目は。いったいなにをいいたいの?
「ま、まぁそうね……社会科見学だと思いましょう」
寺上先生が、観念したようで。
「でも、せめてあのふたりがきてから、はいらない?」
ただまだ、教師ひとりで入店するのは嫌だといっている。
「なんだか入る前に、閉店の時間になりそうですね!」
夏緑が相変わらず、不思議なことを口にして。
陽子が苦笑いをしながらわたしを見る。
「まだ誰かくるんですか?」
少し生き返った昴君が、わたしに聞くと。
「向こうに、見えるわよ」
よかった、月子も復活したみたいだ。
……めちゃめちゃオシャレをした、響子先生と佳織先生が歩いてくる。
「なんかあの格好、カラオケにはもったいないかも」
「そう? でも持っているものがねぇ〜」
姫妃と美也ちゃんが、そんなことをいうのも当然で。
響子先生は、ターコイズのチェスターコートがかわいくて。
佳織先生は、キャメルのトレンチコートがきまっているのに。
でも、振り回しているのはやっぱり……。
「あれ、パンですよね?」
由衣が、なかばあきれたような声で、ふたりを見た。
「はい! お土産」
「どう? 仲良くなれた?」
先生たちの笑顔に、夏緑が目を輝かせながらうなずいて。
「よし、じゃぁいくよっ!」
「夏緑、そこのお地蔵さんみたいなふたり、動かして!」
「はい、ウナ君と月子ちゃん。覚悟を決めてはいりましょう!」
あっというまに打ち解けた三人が、進んでいく。
「赤根さん、ナイスチョイスね」
もう、寺上先生はちゃっかりしてるんだから……。
とはいえ、これでどうにか打ち上げをはじめられそうだ。
そう思ったわたしは、足取り軽く受付に向かったのだけれど……。
……わたしは、『この人たち』が『放送部』だということを忘れていた。
……えっと、玲香が不貞腐れてしまったので。
「わたしの、出番だ・ねぇ〜・っ!」
……って、あれ?
せっかく、マイクできめてあげたのに。
お愛想で手を叩いてくれる、夏緑と美也ちゃん以外。
あとは誰も盛りあがらない……。
「姫妃、うるさい……」
玲香が、死んだ魚みたいな目でわたしを見る。
ま、まぁ無理もないよねぇ……。
「いらっしゃいませ」
「会員証は、お持ちですか?」
「……えっ、玲香。会員なの?」
ちょっと低い声の、響子先生は。
「スタンプとか、貯めてるの?」
……パン屋さんとかと勘違いしていただけで、ほぼ無害だった。
「学割ですね?」
「あの、わたしも元・女子高生ですけど!」
佳織先生が、現実を無視して乱入して。
「まだシニア割引の年齢じゃないわよ」
寺上校長まで余分なことで張り合いだして。
玲香の機嫌が、また悪くなってきた。
そのあとも先生たちが、『飲み放題』のグレードで迷惑行為並みに悩み出して。
月子が落ち着かないからとまた帰ろうとして。
「ちょっと狭いので、部屋変えませんか?」
海原君が、いつもみたいに空気を読まなくて。
おまけに由衣と陽子が、勝手に食べ物を注文しはじめたもんだから……。
玲香が、部屋に入るなり真っ先にマイクをつかんで。
「もう、イヤ〜!」
思わず、絶叫していた。
「……もう知らない。このあとは姫妃が仕切って」
「ちゃんと機嫌直してくれるならオッケー!」
そうやって、安請け合いで、返事をしたのだけれど。
……わたしもすっごく、後悔した。
「海原君も月子も、はじめてなん・だ・よ・ね?」
嫌がるふたりを、まずはドリンクバーに連れていく。
「ほら! いっぱいあるよっ!」
「そうね、仕方がないわ……」
あぁ、よかった。
月子が、ようやくあきらめてくれたんだと、思ったら……。
「ねぇ姫妃……お盆はどこ?」
「えっ?」
「人数分運ぶのに、不便じゃない……」
「ちょっと待ってっ! なにするつもり?」
「とりあえず『お冷』でしょ? あとおしぼりはどこ?」
「あの、ここ。カラオケだからさ……」
「なによ?」
「人数分の、お水はいらないよ?」
「……あの、波野先輩?」
「なぁ・に? 海原君?」
「ドリンクバーなのに、ソフトクリームがあるんですけど?」
あのさ、そこはね!
盛りあがるとこ・な・の・っ!
「紅茶が、ティーバックなのね……」
「そ、そうだねぇ〜」
「ティーポットは、借りられるかしら?」
お願い。は、恥ずかしいし。
それに店員さんを、これ以上困らせないであげて……。
「ちょっと! アンタなにこれっ!」
えっ? 説明中なのに、なんで由衣がくるわけ?
「氷多めっていっただろ?」
「これは入れすぎ! 飲み物ないじゃん! ちゃんと姫妃ちゃんに聞きなよ!」
ちょっと……超初心者にやらせないでさ、自分でやってくれないかな?
「ねぇ、ビールのおかわりまだ〜?」
えっ、佳織先生。もう三杯目飲んだの?
「海原くん、高校生がアルコールを運ぶのは、コンプライアンス的にどうなの?」
「三藤先輩、僕もそう思ってたんですよ。でもさっき波野先輩が運んでたんで」
えっ? わたしなの?
わたしはさ、ただ黙らすために運んだだけだから。
「あの波野先輩。その辺カラオケ屋さんって、どうなんですか?」
どうかわたしに、聞かないでもらえないかな……。
「ねぇ姫妃、緑茶とコーヒーが、同じ場所から出てくるのはどうしてなの?」
そんなの、お店の都合じゃダメ?
「波野先輩。僕、こっちじゃないほうのコーラがいいんですけど……」
どっちもわたし飲まないから、どうでもいいんだけど……ダメかな?
「ウナ君! メロンソーダじゃなくてグレープソーダがいい〜」
ちょっと! 新入りなんだからくつろいでないで自分で運んでよ!
「ええっ? 波野先輩、ドリンクのボタンと中身が違うんですけど?」
店員さんに……いってもらえないかな?
「それに姫妃、このボタン、ちょっと汚れすぎよ……」
わたし、月子みたいな姑とか、いらないからさ……。
「姫妃、寺上先生が番茶がいいんだって……」
な、なんで美也ちゃんまで? いつもなら自分でやってません?
「響子先生がね、誰かのハンカチにこぼしちゃって。洗ってくるからお願いっ!」
「えっ……」
それ、わたしのハンカチ。
しかもめちゃくちゃお気に入りのやつなんですけど……。
人には限界って、あるんだ。
「あれ? どしたの?」
……ようやく戻った、その部屋で。
わたしは、玲香の手からマイクを奪うと。
「もう、い・や・っ〜!」
……思いっきり、絶叫した。