恋するだけでは、終われない / 悲しむだけでは、終わらせない

第七話(最終話)


 ……玲香(れいか)姫妃(きき)も、めちゃくちゃ機嫌が悪くなってしまった。

 わかるよ、わかる。ふたりの苦労は、よくわかる。
 でもさ、だからって……。


 なんで、わたしになっちゃうの……?


陽子(ようこ)以外にいないよ、だから司会よろしく!」
「陽子ちゃん、ファイト〜!」
 美也(みや)ちゃんと夏緑(なつみ)が、マラカスを振って応援してくれるけど。
 どう考えてもこのメンバーで、このままカラオケするなんて。
 絶対に、無謀だよ……。


「それじゃぁ……はじめましょうか? あいさつは五分くらいかしら?」
「えっ……?」
 寺上(てらうえ)先生、長くないですか?
 というかこの状況で、まだ打ち上げをする気とか、あるんだ……。

「なにこの店、校歌ないんだけど?」
「ほんとだ、じゃぁアカペラでやる?」
 佳織(かおり)先生と響子(きょうこ)先生、ふたりともお願い。
 無駄に学校行事化、しないでもらえませんか?

「あ、でも国歌ならあるね!」
「あと県歌もあるけど、つぼみちゃんどうする?」
「そうねぇ……」
 校歌も国歌も、大切なのはわかります。
 正直県歌だけはよくわからないけれど、でも少なくとも。
「……面倒だから、全部歌っておこういかしら?」

 その選択肢だけは、ありえないでしょ……。

 このままでは、わたしまで壊れてしまいそうだから。
「司会者権限で、全部省略して……」
 全身全霊を込めて、わたしは。
「……テーブルの上のパンを、先に食べません?」
 必殺・先延ばし作戦に賭けてみた。


「うわっ、やっぱおいし〜」
「都会のパンは、一味違う・よ・ね!」
「うん、幸せになってきた」
「早く食べたらよかったねぇ」
 思い切って提案した結果、みんなが笑顔になっている。
 よかった、あとは食べたら解散しよう。

 そうそう、世の中無難が一番だ。
 わたしがそう思って、ホッとしかけたところ。
 寺上先生が、わたしに向かって……。

「じゃぁ、誰から歌うのかしら?」


 ……メチャクチャ無邪気な顔で、聞いてきた。


「歌うん、ですか?」
「だってここ、カラオケよ?」
「あの……よかったら校長先生から……」
「校長は普通、歌わないでしょう?」
 あぁ……この状況の、いったいどこに『普通』があるのかなんて。

 ……もうわたしには、わからない。


「えっ、わたしですか? お腹すいてるんで!」
 由衣(ゆい)は、食べるほうに忙しくて無理だし。
「歌うなんて、嫌よ……」
 ま、まぁ。月子(つきこ)のそれは、予想できたことだ。

「新入りですんで〜。先輩たちからどうぞ〜」
「じゅ、受験生だから。喉は大切にしないと……ね」
 とにかく誰ひとりとして、歌う気なんてゼロで。
 じゃぁ……残っているのは……。


「……えっ? わざわざカラオケで、歌うんですか?」
 どう考えても無理そうな、『弟』を前にわたしは。

「あぁもう! それなら(すばる)さぁ!」
 つい……。

「じゃあ、デュエットならどうなの!」
 勢いで、口にしてしまった……。



「えっ?」
「ええっ?」
 すると美也ちゃんと、あと誰かが驚いたのだけれど。
 なんとそれ以上に。

「えっ! 『デュエット』ですかっ!」

 ……ウソっ?

 なぜか昴が、ものすごく反応している。


「も、もしかしてアンタ……知ってるの?」
「あ、あ、あ、当たり前だろ!」
 ど、どうしたの、昴? 落ち着いて!

 カラオケは、はじめてだといっていたのに……。

「あれは、ロマンです……」
「えっ?」
「え?」
「なんですって!」
 なんだか、昴がいま。

「僕の『夢』、いや『憧れの世界』なんですよ……」


 ……とんでもないことを、口にした。



 どうしよう、どうしよう、どうしよう?
 そんな『夢』。
 海原(うなはら)(すばる)の、『憧れ』を。
 わたしが、かなえちゃっていいの?


 ……カラオケにきたのに、まだ一曲も歌っていない。

 記念すべき、一曲目。
 しかもいきなり、『デュエット』を。

 わたしが誰かに『譲った』はずの。

 海原昴と……ふたりで……?





 ……気がつくと、マラカスではなくて。

 わたしはマイクを、握っていた。

「み、美也ちゃん?」

 いや、握る前に誰かに呼ばれて。
 おまけに、何人かと手が触れた。
 最初にわたしを呼んだその子は、思わず譲ってしまって。
 たぶん『三本ある』マイクをどれも、取り損なったみたいだけれど……。


 いまは、みんな。
 マイクを握ったほかの誰かさんたちも、握らなかった人たちも。

 みんなが下を向いて。
 『結果』を、知らないようにしているけれど。


 ……海原君はいったい、誰とデュエットしてくれるの?





 ……さすがに、学習能力が向上してきた僕は。

 多分誰より先に、重大な間違いに気がついた。

 まぁ、口にした張本人だから。
 当たり前のこと、なのだけれど……。

 顔を、みんなのほうに向けるのが怖い。
 そもそも、カラオケボックスなるところにいるはずなのに。
 全員が下を向いて、静まりかえったこの部屋だけは。

 ……とんでもなく異様な、雰囲気だ。


 でも……。
 ここで僕が、勇気を出して『告白』しないと……。
 この場が収まる、わけがない。



「あの……みなさん」
 覚悟がいる、人生最大の試練のときがやってきた。


「じ、実はあの……」



 ……結果を、伝えよう。



 僕は……。



 ……みんなに、嫌われた。





 ……カラオケという娯楽は、わたしたちには似合わない。

「部長が、大変な失礼をいたしました」
「み、三藤(みふじ)さん。お先に失礼するわね……」
 予定より相当早くカラオケ店を出て、放心状態の寺上校長を見送ると。

 わたしたちはいま、夕陽が傾きつつある河川敷に並んでいる。

「あの……」
「なにかしら、海原くん?」
「怒ってるの、月子だけじゃないからね!」
「そうそう、大っ嫌い!」
「どうしようもないよね!」
「だ・い・き・ら・い!」
「さすがにねぇ……」
「ないですよねぇ……」
「なんていうか……」
「うん、ないない!」

 言葉には、いろいろな意味がある。

 その言葉ひとつで、幸せにも不幸にもなる。

 それにしても、海原くんは……。



「あの……。ブルートレインって、ご存知ですか?」
「えっ?」
「かつて全国で走っていた、寝台列車のことなんですけれど……」



 B寝台二人用個室・通称『デュエット』。

 引退した寝台列車に、いつか乗ることができたとしたら……。
 それが海原くんの『夢』、『憧れの世界』だったのね……。



 鉄道好きな海原くんの人生を、否定するつもりはない。
 でも、カラオケボックスと呼ばれる密室の中で。
 マイクを手に『デュエット』といえば。
 さすがのわたしでも……。



「海原昴の、バカっ……」
 わたしは思わず、つぶやいた。

「あっ!」
「な、なによ?」
「それいい!」
「えっ……?」
「いいよ、月子!」
「ばーか!」
「バーカっ!」
「もっと大声で、いいましょう!」
「ええっ!」
「じゃぁ、みんなで!」
「せーの!」

「う・な・は・ら・の、バーーーーーーーカ!」





 ……あらあら、かわいそうに。
 でも、海原君。
 たまには叱られるのも、悪くはないよね!

 ニコニコしている、わたしの横で。
 響子がなぜか、ちょっとだけ心配そうな顔をしている。
「響子? なんでそんな顔してるの?」
「えっ、佳織? べ、別にっ……!」

 まったく。
 響子は彼に、妙にやさしいからねぇ……。

「ねぇ、あの子たち。『生徒会の傷』は、癒《い》えたかな?」
「う〜ん、『デュエット・ショック』で、薄まってくれたらいいんだけどね……」



 ……悲しむだけでは、終わらせない。



「えっ、なにそれ佳織?」
「誰かさんがね、前にそんなこといってたなぁって……」
「そ、そうなんだ……」
 すると響子は、ひと息ついてから。

「恋するだけでは、終わらない……ね」

 随分と感慨深げに、口にした。



 ……河川敷に、ふわりとやさしい風が吹く。

「ねぇ響子。そろそろ、帰しなさいだって」
「あら。つぼみちゃんから、メールでもきたの?」
「違うよ、ほら」
 わたしは、親友の髪に手を伸ばすと。
 頭の上にちょこんとくっついていた、カエデの葉を手に取る。

「かえでってばもう、心配性だなぁ……」
「だって、かえでだもん。だからね……」
 響子は、そう答えてわたしに腕を伸ばすと。
「ほら佳織にも、催促してるよ」
 わたしの肩から、別のカエデの葉を見つけてくれた。



 寺上かえでは、こうしていつまでも。
 わたしたちのそばに、いてくれる。


 過ごしたかった、あのときと。
 過ごしていきたい、この先を。

 悲しむだけでは、終わらせまいと。


 いつまでも、わたしたちと一緒に。



 ……いつも近くに、いてくれるのだ。




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