頭ポンポンはセクハラです!~不器用地味子の恋のお相手~
梅雨の二人
*




 六月に入った。毎日雨が降り続いている。この時期は毎年気分が滅入る。けれど今年はちょっと違った。
「実花、メシ食いに行こ!」
 理人くんがいるから。彼氏といるのがこんなに楽しいなんて知らなかった。
「理人くん、今日は近くに新しくできたパスタ屋さんに行ってみたいなって思ってたんだけど。雨だけど、いい?」
「もちろん! 実花の食いたいもの食おうぜ」
 他愛ない会話を交わしながらパスタ屋までの道を傘を差しながら歩く。それが嬉しい。
 着いたそのお店ははこじんまりとしたお店だった。真っ白な壁が清潔感があっておしゃれだ。アンティーク調の傘立てがあったので、そこに傘を入れて店内に入る。一番手前の席に通されたのでそこに腰掛けた。
 結局理人くんとは連休中にデートはできなかった。理人くんが数日実家に帰省してしまったからだ。
 理人くんの実家は茨城だそうで、毎日海に行っていた。それを知っているのは、理人くんが毎日電話をしてくれたからだ。
「いいなあ。海なんて何年も行ってないよ」
 電話口でそう言うと、理人くんは電話の向こうでちょっと口ごもったあと「じゃあさ、来年は一緒に来ようよ」と言ってくれた。
 来年も一緒にいられるんだ。
 それが意外な気持ちがして息を飲んだ。今までの彼氏は一ヶ月で関係が終わってしまったから。今から思えば恋人らしいことなど全然していなかった。
 理人くんとは来年も一緒に過ごせるかもしれない。
 私は目の前に座っている理人くんとの未来を想像して少し浮かれた。
 私がふっと顔を上げると、理人くんがこちらを見つめて微笑んでいた。思わずぱっと目を逸らしてしまう。私は赤くなりながら不必要にお手拭きを弄んだ。 
 理人くんに見つめられるのはとてもこそばゆい感じがたけれど、嬉しかった。
「実花、美味いな、ここのパスタ」
 理人くんがもりもりとパスタを平らげながら笑いかけてきた。
「ほんと? 私もちょっと感動してたんだ」
「俺、明日もここがいいかも。今度はペペロンチーノ食いたい」
「もう明日のお昼の話!?」
 食事が終わり紅茶を飲んでいると、入り口のドアの鐘がカランコロンと音を立てた。
「あれ? 結城さん?」
 声のしたほうを振り返ると、着慣れない様子のスーツに身を包んだ男女が数人入ってきたところだった。
「おお、田辺じゃん」
 理人くんが声の主の女性に手を上げた。他にも見知った人がいるらしい。全員うちの新入社員だろう。
 田辺さんはこちらに軽やかに近寄ってきた。ショートカットの小柄な女の子だ。
「結城さんも来てたんですね。せっかくだから一緒に食べましょうよ!」
 田辺さんが理人くんの腕を引っ張った。理人くんは苦笑しながら「いやいや、俺らもう食べ終わったから」とやんわりと断っている。 ん? なんかやだな。
 私はもやもやとした気持ちになった。
 なんでだろうと一瞬動揺したが、自分の彼氏に別の女の子がべたべたしてたらそれは不愉快だろうと思い至った。
 私、意外と心が狭かったんだな。
 それが自分でおかしくて思わずくすりと笑った。こちらを見ていた田辺さんは口をきゅっと引き結んだ。そして、理人くんのスーツの腕をぶらぶら揺らしながら口を開いた。
「結城さん、この人、もしかして彼女ですかー?」
 田辺さんが私を見ながらわざとらしい声を出した。目が据わっている。
 ん? 威嚇されてる? 
 私は戸惑った。何故私が敵意を向けられなければならないのか。そして気付いた。
 え? もしかしてこの子、理人くんのこと……。
「そう! 俺の彼女。人事部の遠山さん」
 空気を読まない声が響いた。理人くんは自慢げに私を彼女に紹介した。田辺さんの表情がさらに険しくなった。
 いたたまれない!
 理人くんがちゃんと私のことを彼女だと紹介してくれたのはすごく嬉しい。けれど、田辺さんの目が怖い。
 彼女なんだからどーんと構えていればいいじゃん、とは思うものの、それが簡単にできるような性格ではない。私はそわそわと目を泳がせた。そんな自分に自己嫌悪に陥る。
 いやいや、敵意を見せてきたのはあの子のほうじゃん。なんで私があの子のせいで自己嫌悪に陥らなきゃならないの? 
 そう考えるが「人のせいにするな」ともう一人の自分が諭してきて、かえってもやもやとした気持ちになった。

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