【改稿版】幼馴染との婚約を解消したら、憧れの作家先生の息子に溺愛されました。

5・絶望と決心

 気づけば、私はホテルのベッドに倒れ込んでいた。
 あまりの出来事に、言葉が出ない。
 まっさらなシーツが、冷たく頬に貼りつく。息が浅い。胸が痛い。

 あの後、裕貴は無言で家を出て行った。
 ひとり残された私は、震える指先で泣きながら破られた原稿をかき集めた。
 かなり細かく破られたから、もう一度印刷し直さなければならない。
 パソコンをもう一度確認したけれど、やはりデータは完全に消されていた。復旧もできそうにない。かろうじて途中までのバックアップはあったので、私はそのメモリーを失くさないよう、大切に鞄にしまった。
 ぐちゃぐちゃになった感情で退職届を書き、婚約指輪を外してその上に置く。
 そして、当座の着替えとノートパソコンなど、最低限の荷物を鞄につめて家を飛び出していた。
 
 どうしてなの、裕貴……。
 私はそんなに裕貴の気に入らないことをしてしまったの?
 家事は好きな人のためだと思えばこそ、我慢できた。
 仕事だって、あなたを支えているつもりでいた。
 でも、唯一の心の拠り所である、小説のことを否定されてしまったら……。
 私はもう、裕貴のそばにはいられない。

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