【改稿版】幼馴染との婚約を解消したら、憧れの作家先生の息子に溺愛されました。
 私は思わず声を上げていた。
 無理をされていたのだろうか。先生は今、新作の準備中で、編集部と何度も打ち合わせを重ねていると聞いていた。その矢先の知らせに、胸の奥がざわつく。
 
「しのぶ、悪いが……俺の代わりにお見舞いに行ってくれ。お見舞いの品は任せる」

 よほど焦っていたのだろうか、裕貴から差し出されたメモには、走り書きで『市立中央病院』と書かれていた。

「それは構いませんけど……社長ご自身が行かなくて大丈夫なんですか?」

 こういう時こそ社長の顔を見せる場面のはずだ。
 だけど裕貴は眉を寄せ、小さく頭を振った。

「今から外せない予定が入ってて。後日、改めて伺う。先生にはそう伝えておいてくれ」

 少し視線を逸らすような仕草が気になった。

「……わかりました」

 口ではそう返事をしながらも、胸の奥に小さな引っかかりが残る。
 
 外せない予定なんて、今朝の時点では聞いていなかった。
 普段はスケジュール管理も私に任せきりのくせに、今日に限って……?
 そう思っている間に、裕貴はすでに私の前からいなくなっていた。
 
 ……考えすぎだよね。
 先生の入院で混乱して、私に予定を言い忘れていただけかもしれない。
 そう思い込もうとしながら私は小さく息をついて、もう一度メモを見た。

 このときの私は、ただ先生の容体が心配で。
 それ以外のことは、深く考えようとしなかった。
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