癒やしの小児科医と秘密の契約
そんなことを悶々と考えつつ自宅に帰る。何の面白みのないシンプルなリビングに、明るい色を見つけた。

「ははっ、ピュアリンかぁ」

心和が置いていったピュアリンのアクリルスタンドが、まるで俺の心を嘲笑うかのようにこちらを見ている。気づけば知らないうちに部屋の中に明るい色が増えた。

「心和、いつの間に?」

部屋の中には心和の私物が至る所に存在していた。そのどれもが明るい色で、暗い部屋を賑やかしてくれている。いつだったか、「これからも賑やかしていきます」と言われたことを思い出した。

「あはは」

自然と笑いがこぼれる。
もういい、ぐだぐだ考えるのはやめよう。
俺には心和がいるんだから。

ふいに電話が鳴り、「はい」と出る。相手は大学の同級生であり今は同じ病院で働く、外科医の清島一真だった。

『俊介、あー、そのー、……川島さんが大変だから? すぐに来てくれないか?』

「心和が? どうかした?」

まさか頭の傷が思ったよりも酷かったのかと不安が過ったのは一瞬で、電話の向こうで「一真さん下手くそか」と杏子ちゃんらしき声が聞こえる。そして周りはザワザワと賑やかしい。

「なに?」

『もしもし佐々木先生?』

「ん? 杏子ちゃん?」

『愛しの心和は我が手の中。返してほしくば焼肉モーちゃんへすぐに来なさい! ふはははは!』

「え……?」

どういうことか聞こうと思ったのに、プツッと電話が切れた。

よくわからないけれど、ひとまず焼肉モーちゃんへ行かなくてはいけないのだろう。ふははははって、悪の大王なのか? それで心和は囚われのお姫様みたいな、杏子ちゃんのノリ的にはそんな感じだと思われる。

「お姫様が奪われたとなっちゃ、取り返しに行かないとなぁ」

やれやれと思いつつ、すぐに自宅を出る。
……しかし、焼肉モーちゃんってどこだろう?
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