癒やしの小児科医と秘密の契約
少し小高い丘を登り、展望台として設えられている広いデッキに出た。

「わ、すごい。綺麗〜」

「いい景色だね」

高速道路が山の中を通っているからか、なかなか高い場所まで登っていたらしい。街並みが小さく、そしてキラキラ灯る明かりが宝石のように輝いている。時折吹く風が、空気を研ぎ澄ましていくみたいだ。

薄暗さとひんやりした空気が、今日が終わることを告げている。本当に夢のような一日だった。今繋いでいる手を離したら、あとはもう帰るだけ。

ああ、時間が止まればいいのに。
このままずっと先生の隣で夜景を眺めていたい。

「先生、今日はありがとうございました。朝からずっと夢みたいでした。先生、好きです」

毎日言おうって決めていた「好き」という気持ち。でもなかなか言う機会もなくて時々しか言えなかった。少しばかり先生の優しさを疑ったこともあるけれど、それでもやっぱり私は佐々木先生が大好きで、たまらなく愛おしいと思う。

その想いは、ずっと一方通行だけれど。

繋いでいた手がすっと離される。ああ、夢のような一日も、これで終わりなんだと思った瞬間――

「えっ?」

ふわっと優しい香りに包まれて、身動きが取れなくなった。遅れてやってきた思考が、佐々木先生に抱きしめられていることに気づく。

「せ、先生?」

呼びかけた声を遮るように、抱きしめる腕の力が強くなる。いつもと違う先生の反応に戸惑いを隠せない。

「いつも先に言われちゃうんだよな。今日こそ先に言おうと思ってたのに」

「……どうしたんですか?」

恐る恐る先生の背中に手を回す。思ったよりも大きな背中に男性の逞しさを感じて、胸がトクンと高鳴った。

「好きだよ、心和」

「え?」

「好きだ」

鼓膜に響く先生の低くて甘い声が、体いっぱいに浸透していく。こんな奇跡が起こるなんて……。一方通行の恋が唐突に終わりを告げる。

「う、うええ。先生、好きぃ」

「うん、俺のこと好きになってくれてありがとう」

ずっと抱きしめられたかった。子どもたちが佐々木先生に抱きしめられるたび、抱きつくたび、大人げないけれど羨ましいって、ずっと思っていた。

でも――

「心和」

緩んだ腕の中、くっと持ち上げられた顎。
柔らかく触れる感触。

私が小児科の子どもたちとは違う大人だって実感するのは、先生が甘くて蕩けそうなキスをくれたからだ。
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