[完結]夫の心に住んでいるのは私以外の女性でした 〜さよならは私からいたしますのでご安心下さい〜

第44話

晩餐は和やかに始まり、やはり途中からは例の貿易港の話となった。

「いや~アンドレイニ伯爵に興味を持っていただいて、本当に光栄ですよ。共同事業とさせていただけるなんて、全くありがたい!」

「権利を半々でいただけるとの事であれば。この港が完成すれば、間違いなくこの国の発展の大きな一歩となるでしょう。私としてもこの事業に携われる事を光栄に思いますわ。……もし良ければ貿易だけでなく、客船の寄港も考えてみてはいかがでしょうか?」

「なるほど……貿易船の為に燃料庫も完備するつもりですから、丁度良いですね……よし!検討しましょう!」

「ここは保養地としても優れた土地です。他国の方々にも喜ばれるはずですわ」

結局、私達の話は夜中まで続いた。





「もうジュディーは寝てしまったかしら?」
馬車の中でイライジャに尋ねる。ジュディーの事は乳母に頼んで晩餐に来たのだが、帰りがこんな遅い時間になるとは思っていなかった。


「きっともう夢の中でしょう。昼間は随分と波打ち際で楽しそうに遊んでいらっしゃいましたから」

「はしゃいでいたものね。良かったわ連れて来て」

馬車は海沿いを走る。綺麗な月が水面に浮かぶ。

「見て、綺麗ね」

「本当ですね。今日は満月でしょうか?」

「確かにとても大きく見えるわね。……あれが宿でしょう?ねぇ、ここから歩いて帰らない?月を眺めながら帰りたいわ」

私は少し先の大きな建物を指差す。
ノース侯爵に用意して貰った宿は海を一望出来る素晴らしい立地にあった。しかも超一流。


「馬車を降りますか?」

「ええ。少し風にも当たりたいし」


私達は馬車を降り、海沿いを月を眺めながら歩く。

「たまにはこうしてゆっくりと歩くのも良いわね」

「そうですね。……寒くないですか?」

「大丈夫よ。ねぇ、大きな月……手が届きそう」

「そうですね」

私は空に浮かぶ月を、イライジャは何故か海に映る月を見ていた。

「イライジャ、どうかした?」

「いえ……二つの月は常に一緒だな……と思いまして」

「そうね……でも空と海。触れ合うことは出来ないのね……」

「ムーンセット……月も海に沈みます」

「そうなの?知らなかった……。ならいつか二つの月は一つになるのね」

「素敵ですね」

夜は少し人を素直にする。
イライジャが急に歩みを止めた。
私は二、三歩先を歩き、振り返る。

「どうしたの?」

「祖国に良い思い出はありませんが……私の国に生涯を共にする相手に指輪を贈る風習があるんです。……キルステン様」
そう言ったイライジャは私の前まで歩みを進めた。


「なに?」

「この指輪を受け取ってください」

イライジャは私の前に小さな箱を差し出した。

「今回の指輪は……生涯を共にして欲しいと願う私の気持ちを形にしたものです。受け取っていただけますか?」

「……もちろん。イライジャが着けてくれる?」

「では……左手の薬指を」

「意味があるの?」

「絆を深める……という意味があるので」

そう言いながら、イライジャは私の指にそっと指輪を着ける。

「ありがとう……」

私は胸が一杯になりそれだけしか言えなくなった。
そんな私をイライジャはそっと抱きしめる。

「いつ渡そうかと悩んでいました」

そう言えばこの領地に着いてから、イライジャの口数が極端に少なくなっていた事を思い出す。
その様子を思い出し、私は思わず笑みが溢れた。





ノース侯爵領への旅行は約一週間程の休暇となった。
私は執務室の自分の椅子に座る。一週間ぶりなだけで、なんだか新鮮に思えて私は大きく伸びをした。

「のんびりし過ぎたかしら?」

「たまには良いじゃないですか。いつも働き過ぎなんですよ」

前にはイライジャが働き過ぎだと心配した私だが、今は逆にそう諭される方だ。伯爵となって気づけばあと数カ月で二年になる。

「でも、なんだかんだ言ってここに座ると落ち着くわ」
すっかりここが自分の居場所になってしまった。
でも……いずれここはサミュエルの場所になる。そう思うと嬉しいような寂しいような。

「そう言えば……成人の年齢の引き下げが議会で話題になっているらしいですね」

現在、我が国の成人は十八歳だが、平民では十五歳で働く者も少なくない。その上、ある時期この国に蔓延した流行病で子どもが少なくなった事も原因の一つだ。

「平民には働き手は貴重だもの。十五歳で成人となれば、仕事の賃金も変わるわ」


「貴族は反対なんですかね?」

「どうかしら?跡継ぎとして早くから社交界にデビューさせたいって思う人達も多い様に思うけど」

そうなれば、私がここをサミュエルに譲る日も近くなるかもしれない。





ノース侯爵領との共同事業に、領地改革。私は相変わらず忙しい日々を過ごしていた。

ジュディーの成長をイライジャと日々喜び、二人三脚で仕事に望む。充実した幸せな毎日だった。



「農家への補償の件ですが……」
最近は農地改革にも手を出し始めた私に、イライジャが書類を見せる。

その時だった。

『コンコンコン』
少し忙しないノックの音がしたかと思うと、同時に、焦った様な護衛の声が聞こえた。

「お嬢様!お仕事中失礼いたします。急ぎの用で」

「どうしたの?」

イライジャが素早く執務室の扉を開けた。

「あの……」
そう言葉を切った護衛は扉の脇に居るイライジャにチラリと視線を投げた。

「エクシリアの宰相と名乗る方がお嬢様……とイライジャに話がある……と」

護衛はそう言ってイライジャの表情を窺った。
イライジャの顔が目に見えて曇る。

私の心にも不安の雲が広がっていくのを感じた。

「本当にエクシリアの宰相……なの?」

エクシリアに明るくない私はまず疑ってしまったのだが、それを掻き消す様に、

「追い返してください。……エクシリアは不安定な情勢だと聞いています。こんな所まで宰相が来る筈がない」
イライジャはきっぱりと言った。

その言葉に護衛は部屋へ入ると丸まった書状を私に手渡した。

私はそれを開く。イライジャもいつの間にか私の横へ立っている。

そこにある署名はエクシリアの王太后となっていた。私は隣に立つイライジャに尋ねる。

「この名前と紋章に間違いはない?」
イライジャの顔色が悪い。その上、物凄く厳しい顔をしている。

「その名は……軍事政権前の……エクシリア王妃の名前です。紋章もエクシリア王族のもので間違いありません」

イライジャはそう言って唇を噛み締めた。その表情から、ここに書かれている事も真実なのだろうと想像がつく。

「じゃあ……追い返す訳にはいかないわ」
私は椅子から立ち上がる。

「もう私には関係ない事です。私は会うつもりはありません!」

イライジャの口調が強くなる。

「イライジャ……ちゃんと話を聞きましょう。貴方には……王族としての責任があるわ」

この書状が私とイライジャの運命を決める。言葉に出さずとも、私達はそれを感じていた。
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