[完結]夫の心に住んでいるのは私以外の女性でした 〜さよならは私からいたしますのでご安心下さい〜

第49話

「お母様、サミュエルお兄様は王都に行っちゃうの?」
ジュディーが悲しそうに眉を寄せた。

「そうよ。学園に入学するんだもの。ここからは通えないでしょう?」


「でも……。お兄様は乗馬とバイオリンを教えてくれるって……」

「乗馬はお母様が教えてあげるわ……バイオリンは無理だけど、良い先生がいるから習えば良いでしょう?お兄様は当主のお仕事もあるの。今までの様にジュディーとは遊べないのよ」


「じゃあ……明日からのご旅行も一緒じゃないの?」

「その代わり……っていうのは何だけど、またメリッサ様が来てくれるわ。寄宿学校がお休みに入る、一週間後にね」

「……一週間お母様と二人かぁ……」

「なんで不服そうなの?お母様悲しくて泣いちゃうわよ?」

子どもは子ども同士。それが楽しいのは理解しているが、親が子離れ出来ていないのに、子の方が早く親離れしてしまいそうで寂しい。

娘の成長が嬉しいやら悲しいやら。親というのは複雑なものだ。
サミュエルは十五歳で成人し、当主になった。領地経営は安定している。今執事を二人雇っているし、サミュエルもやる気に溢れている。父が生きていたら、どんなに喜んだだろうか。
私はサミュエルのやる気を邪魔する事なく、縁の下の力持ちとして陰ながら支える事に決めたのだった。




恒例のノース侯爵領への旅行はジュディーの不満を他所に、親子二人旅となった。
ジュディーはノース侯爵家の新しい家族となった犬のローリーとすっかり仲良くなったようで、お陰で私は随分と読書が捗ってしまったのだが。

「お嬢様はもうお休みに?」

メイドが私のカップにお茶のお代わりを注ぎながら尋ねる。

「ええ。ローリーと追っかけっこしたり、かくれんぼしたり……随分と走り回っていたから、疲れたのね。きっと……領地に帰ったら犬を飼いたいって言い出すわ」

「間違いありませんね」

私とメイドはクスクスと笑った。

ふと窓の外を見ると、今日は満月の様だった。

「綺麗な月……ちょっと海辺を散歩してくるわ」

この別荘は海沿いに建てられている。ノース侯爵が勧めてくれた土地だったが、皮肉な事に思い出のあの海辺の近くだった。

それはほんの気まぐれだった。あまりに月が綺麗だったから……屋敷の中から見るだけでは勿体ないと思ってしまった。

「気をつけて」
メイドに送り出された私は、ゆっくりと海辺を歩く。
夜の海辺を歩くのはあの日以来だ。月が海にも浮かぶ。二つの月は明るく辺りを照らしていた。

サクサクと砂を踏む私の足音と波の音だけ。月の光のお陰で足元までもほんのり明るい。

私はその砂の中にキラリと光る貝殻を見つけた。

「あら……綺麗」
しゃがみ込んでその貝殻を拾う。ピンクの様な淡い赤の様なその貝殻を掌に乗せて眺めていると、何処からともなくサクサクと砂を踏む足音が聞こえた気がした。
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