桃ちゃんセンセと田宮くん
【桃side】2
「それ、金子みすゞの詩?」
誰も居ないと思っていたのに、背後から急に声をかけられた私は文字通り飛び上がって驚いた。
閉校時間になった私は、いつものように自習室に居残っている生徒に片付けを促し、誰も居なくなったのを確認して、机の上をハンディモップで掃除していた。
お盆の時期だった。朝早くから夜遅くまで1日中開校しているから、平時なら正規、バイト合わせて5人はいるスタッフもこの日は正社員が1人と私だけ。もう1人は受付で生徒を見送っているはずだから、誰も来ないと思ってつい、口ずさんでいたのだ。
金子みすゞの『私と小鳥と鈴と』の英訳したものを。
「桃ちゃんセンセ、合ってる?」
「う、うん。合ってるよ、田宮くん」
何故か近付いてくる田宮くんに私は混乱する。生徒は皆返したはずだし、何より誰も居ないと思って口ずさんでいたのは、詩で、更にいうと英語だったのだから。
親の仕事の都合で17歳まで英語圏を中心に過ごしていた私にとっては、日本語よりもよっぽど英語の方が耳慣れていた。注意しておかないとウッカリ英語が出てしまうくらいには。
そして日本人は、そのことをよく思っていないのも。