甘やかな契約婚 〜大富豪の旦那様はみりん屋の娘を溺愛する〜
こうしていると、ほんの一瞬、心が落ち着く。子供の頃、祖母の手を握りながらこの蔵を歩いた記憶が蘇る。職人たちが笑い合い、木槌の音が響き、蔵全体が生きているように感じられたあの頃。
祖母の優しい笑顔と『この味は、雅乃家の魂なんだよ』いう言葉が胸の奥に温かく灯る。
けれど、同時に、胸の奥が鋭く痛んだ。
現実が、冷たく重い鎖のように私の心を締めつける。
──あと三か月。
銀行から突きつけられた最後通告。
このままでは、雅乃家の味醂屋【みやび】は倒産する。従業員に給料を払うこともできなくなる。
父の代から積み重なってしまった借金は、私ひとりの力ではどうにもならなかった。
どれだけ頑張っても、どれだけ祈っても、数字は冷酷で、希望を少しずつ削り取っていく。
木樽の並ぶ蔵を見回す。かつては職人たちの活気ある声や笑い声が響き渡っていたこの場所が、今はしんと静まり返っている。いや、静けさというより、重苦しい沈黙だ。
埃が薄く積もった木樽の表面を指でなぞると、冷たい感触が指先に伝わってくる。祖母が元気だった頃の賑わいを思い出すと、胸がきゅうっと締めつけられ、涙がこみ上げそうになる。
「……私の代で、終わらせたくないのに」