冷徹御曹司は誤解を愛に変えるまで離さない

第十一章 限界点

 柏木さんとの一件から数日後。
 颯真とは最低限の会話しかしなくなっていた。
 同じ家にいても、食事は別々、顔を合わせる時間もほとんどない。
 ──これで落ち着くはずだった。
 そう思っていたのに。



 その日、私は取引先との会食に参加していた。
 帰り際、先方の社長が「駅まで送るよ」と申し出てくれ、断りきれず助手席に乗った。
 ほんの数分の道のり。
 ──しかし、それが最悪のタイミングで最悪の人間に見られる。

 ホテル前で降りた瞬間、颯真の車が目の前に停まった。
 ドアが開き、無言のまま彼が近づいてくる。

「……今のは何だ」

「送ってもらっただけよ」

「言い訳はいらない。乗れ」

「ちょっと待って──」

 有無を言わせず手首を掴まれ、颯真の車に押し込まれた。
 車内は異様なほど静かで、彼の呼吸だけがやけに耳につく。

「……俺は、何度言えば分かる? お前が他の男と二人でいるのを見たくない」

「それは私の自由でしょ? 監視される筋合いなんて──」

「自由? 婚約者であるお前の行動が、俺の心をかき乱しているんだ」

 低く抑えた声。
 けれど、その奥にあるものは怒りだけじゃなかった。

「……どうしてそんなに……?」

「怖いんだよ」

「……え?」

「お前が俺から離れていくのが。……ずっとそうだった。近づこうとすれば逃げられる」

 言葉に詰まった。
 颯真の手は、今も私の手首をしっかりと握っている。
 でも、それは縛りつける力じゃなく、必死に繋ぎとめようとする熱だった。

「……信じてほしい」

 短くそう告げる声は、これまで聞いたことのないほど弱くて切実だった。
 それでも私は、すぐに頷けなかった。
 信じたいのに、信じられない。
 この拗れた心の壁は、まだ崩れそうで崩れないままだった。
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