むにゃむにゃしてたら私にだけ冷たい幼馴染と結婚してました~お飾り妻のはずですが溺愛しすぎじゃないですか⁉~

魔法使いの家


 王都の南。
 昨日日帰りで里帰りをしたピエラ伯爵領よりも南に位置するメレの町に到着したのは、出発して5時間が経過した頃だった。

 途中の町で食事休憩をしたとはいえ、5時間馬車に揺られる旅はなかなか疲れるものだ。
 その間ずっと私を膝の上に乗せていたにも関わらず平然としているシリウスは、さすが騎士様、といったところなのだろう。

「さて……。さっそくだけど、魔法使いの住んでいたといわれる家に行ってみようか。ここからすぐみたいだから」
「えぇ」

 私たちは大通りから少し外れた道を行き、やがて小さな小屋が見えてきた。

 期でできた小屋の周りには雑草が生い茂り、窓ガラスは中が見えないほどに汚れ曇っている。
 人が住んでいる気配もない。

「ここが……魔法使いが住んでいた家……」
「あぁ。一応国からの入室許可は得ているから、入ってみよう」

 そう言うとシリウスは私の手を握り、ともにその小屋へと足を踏み入れた。

「おじゃましまーす……」

 ギシッ……ギシッ……と本の散乱する部屋を歩くたび、薄暗い家の中にきしむ音が響く。

 曇り窓から入るかすかな光に照らされて、埃がキラキラと宙を舞う。

 天井にはところどころで蜘蛛の巣が張り巡らされ、以下にこの家に誰も立ち入っていないかがうかがい知れる。

「この家の主は本が好きだったのかな? ……片づけは苦手だったようだけれど。セレン、足元気を付けて」
「え、えぇ。ありがとう」

 固く結ばれた手が心強い。
 それにしてもこの本の量……。
 本棚にびっしりと並べられているというのに、机の上やカーペットの上にまで本や書類が散乱している。
 本好きとしては正直……ものすごく気になる。

 何の本なのかしら?
 好奇心をくすぐられた私は机の上に置いてある本を取ると、その拍子の文字を目で追った。

「……え?」
「どうした、セレン」
「……読めない……」
「読めない?」

 そう、読めないのだ。
 この文字は、少なくとも私の知るローザニアの文字ではないし、私の知る限り主要国の言葉とも違う。

「ふむ……。もしかして、精霊文字か?」
「精霊文字?」

 シリウスの言葉に首をかしげると、シリウスは小さくうなずいて私から本を受け取るとパラパラとめくって目を通した。

「……うん。やっぱりそうだ。多分精霊文字で書かれた【小鳥姫と騎士】だよ」
「【小鳥姫と騎士】!?」

 私はシリウスがめくったページを覗き込むと、確かにそこには見え覚えのある挿絵が描かれていた。

「確か、小鳥姫の作者は作者不詳。もしかして──」
「魔法使いが作者である、という線が濃厚かもしれないね」

【小鳥姫と騎士】の作者は誰が書いたものなのかはわかっていない。
 ただ作者についてわかるのは、『あとがき』で書かれていることと、そこから感じ取れる作者像のみ。

 騎士が小鳥を姫だと見破るラストシーンは、メレの町のシレシアの泉が舞台であること。
 作者はいろんな場所を転々として生きてきたということ。

 そしてとても、優しい人だということ。
 だってこの本のあとがきには、
『この本を読んだあなたが幸せでありますように』
 と締めくくられているのですもの。

 会ってみたい。
 魔法使いとしてじゃなくていい。
 この、素敵な本の作者に。

「うん……。石が反応してる。やっぱりここにいたんだ。魔法使いは」
 シリウスが懐から手のひらサイズの水晶を取り出すと、水晶は淡く光を放っていた。

 これは出発前、王太子殿下が入区許可証と共に貸してくださったアイテムで、魔法使いの魔力に反応する国宝らしい。
 こんな大切なものを貸してくださるのは、血筋も良く副騎士団長としても信頼の厚いシリウスだからこそなのだろう。

「ならまだこの町にいるかも──」
「誰じゃおぬしら!!」
「!?」

 突然出入り口から声がして振り返ると、そこには白く長いひげを蓄えた老翁《ろうおう》が立っていた。

 長い白ひげ。
 しわがれた声。
 天然木のごつごつとした杖。
 まさかこの人が──?

「あの、あなたが魔法使いさん、ですか?」
 私が恐る恐る尋ねると、老翁はカッと目を見開き、持っていた杖を振り上げて私の方へと向かってきた。

「っ!?」
「セレン!!」
 ガンッ──!!
 振り降ろされた杖は私の顔を仕留める前に、シリウスの剣によって留められた。

 何で?
 私、このおじいさんに何かした!?
 何が起こったのか頭の整理が追い付かない。
 ただ理解できるのは、目の前のおじいさんが私を打とうとした、ということだけ。

「私の妻に何をするのですか? ご老人」
 怒気を孕んだ声ながらも落ち着いた様子でシリウスがおじいさんに尋ねる。

「帰れ!! ここを荒らす者は王家の者でも容赦はせんぞ!!」
 杖先を私たちに向けて威嚇するおじいさんに、私とシリウスは視線を交わす。

 この人、もしかして魔法使いを知ってる?

「ご老人。私たちは王家の者でも、ここを荒らしに来たものでもありませんよ。私たちは、かけられた呪いを解く手立てを探すため、魔法使い殿を訪ねてきたのです」

 呪い!?
 私が驚いてシリウスを見上げると、彼は私に“そういうことにしておこう”と言うかのようにウインクした。

 確かに、王都から頼みごとをしに魔法使いを探しに来た、なんて言うよりは良いだろう。
 国が魔法使いにしたことの歴史を思えば……。

 シリウスの言葉におじいさんは「呪いを?」と訝し気に眉を顰めながらも、私たちに向けていた杖をゆっくりと下ろした。

「では、魔法使い様を捕えようなどとは……」
「思っていません。敵意などひとかけらもありません」

 むしろファンレターを書いて届けたいし、本にサインしていただきたいくらいの気持ちです!! ──とは言えないので心の中で叫ぶ。

「ふむ……訳ありか……。……外へ出るぞ。ここは埃臭くてかなわん」

 そう言って杖を突きながら外へ出るおじいさんに、私達も顔を見合わせてから彼の後に続いて小屋を出た。


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