あなたは私のオランジェットの片割れ
 目の前に立ちはだかっているから、そのまま無視するわけにもいかず、杏は恐るおそる尋ねた。女性に見覚えはなかった。

「……」

「ええと……何も無いようでしたら、失礼しますね」

 女性は何も答えないので、杏は横を通り過ぎて中へ入ろうとした。すると――

「あんた何なの?!」

 叫びながら女性は、杏の腕を掴む。杏より縦にも横にも大きい体格だから力も強くて、掴まれた腕が痛い。

「なっ! 何ですか?!」

「うるさい! 黙れ! お前だろ! 分かってるんだからな!」

 わけの分からない事を叫びながら、掴んだ腕を強く振る。近くにいた課長が女性だから触るのを躊躇して、「止めなさい!」と、言葉で牽制しようとしてくれてるが、効き目は無い。テンパり慌てた課長は、「警備員を呼んでくる!」と言って会社のビルへ走って行ってしまった。

 女性と二人きりになってしまった杏は、なんとか手を振り解こうとするが、力が強くて上手くいかない。

「お前のせいだ! お前が悪い!! お前のせいで蒼士くんが……!」

 女性はまたそんな事を叫びながら、今度は持っていた自分の鞄を振り上げた。スカートと同じ紺色の大きなトートバッグ。側面のポケットに、猫か何かのキャラクターのワンポイントがある。

 ぼんやりとトートバッグを見ているうちに、それを振り下ろされた。

 ガツン! と音がして、頭が揺れた。何が入っているのか、見た目よりも固いトートバッグは杏の左頬を直撃した。体制を崩し、杏は尻もちをついてしまった。

 (痛い……怖い……いたいっ……!)

 ぶたれた左頬が熱を持って熱い。

 女性は更に、危害を加えようと覆い被さろうとした。課長はまだ戻って来ない。杏は恐怖でギュッと目を閉じた。
< 57 / 118 >

この作品をシェア

pagetop