『その秀女、道を極まれり ~冷徹な親衛隊長様なんてこうして、こうよっ!!~』


 時刻を知らせる鐘が鳴る。
 機敏に椅子から立った梢はつまんでいた菓子をさっと片付けて軽く琳華の髪を櫛で梳いて整えてから部屋から出て貰う。

 小休止の後に集まるようにと言われていたのは寄宿楼の廊下だったのだが今日は天気が良かったので「回れる内に外を案内します」と担当の女官から伝えられた。
 その音頭と共にわらわらと十二名の秀女たちの集団と後方には侍女たちが庭から後宮内の散策に繰り出す。

 「案内図では大体、どこへでも出ても良いとありましたが」

 我先に、と積極的な者に押し流されて列の一番後ろになってしまった琳華は隣にいる自分より四つも若い、まだ少女の可愛らしさが残る女性に話し掛けた。

 「ひゃ、っはい!!そうですね」
 「(リュウ)家、愛霖(アイリン)様……ですよね。周琳華です。最年長ですがよろしくお願いしますね」

 琳華と同じくらいの背格好の愛霖は驚いた様子だったが、そのわけは急に話し掛けられたと言うだけでは無さそうだった。廊下に集まった時から他の秀女たちにあっという間に押し出されてしまった愛霖。琳華は後方でも問題は無かったのでそのまま後ろに居たのだが愛霖はなんとなく、引っ込み思案な印象を琳華に持たせる。
 それに午前の座学のあと、自然と数人で固まり出している秀女たちのなかで愛霖はぽつんと一人でいた。

 「琳華様、わたくし……あの」
 「どうかなさったの?お加減が優れないようでしたら」

 琳華の優しさにまるで条件反射のようにすぐに首を横に振った愛霖は「大丈夫です」と言って俯いてしまった。
 庭の散策と建物の説明を受けながら歩く秀女たちだったが宮女たちから強烈な視線を浴びていた。昨夜はかがり火だけ、人の行き交いも少なかったせいで分からなかったが逗留している楼内でさえすぐに噂話が立つのだから昼間の後宮の庭など夜間の比では無い。

 愛霖はまだ全く、人の目に慣れないのだろう。
 秀女の半数が貴族の箱入り娘たちだ。好奇の目も多少は浴びているだろうがここの雰囲気や鋭さは世間とはまるで違う独特さがある。

 「もし本当にお加減が優れないようでしたらわたくしに言ってくださいね」

 琳華の何気ないその一言が愛霖を救う。年下の梢と一緒に暮らしていれば声掛けの一つなど当たり前。周家では皆がそう、教えられてきた。

 「琳華様……」

 小さな声ながらも有難うございます、と礼を述べる愛霖は集団に遅れないように歩いてゆく。毎日の散歩のみならず、家庭教師として頼まれていた貴族の家に通っていた琳華にとって長く歩き続ける事もなんでもない日常の動作の一つ。しかしそんな健脚な琳華は最後尾からいつの間にか一番前に出て来てしまっていた。

 足腰の強さもまた、秀女――いずれ子を産まなければならない正室や側室にとって重要事項だった。軟弱な体はお産に耐えられない。ましてやこの後宮、精神的な負担は世間とは比べ物にならなかった。正室が皇子を生んでしまえば継承権は一位であるが、側室も皇子を産めば揺るがぬ地位になる可能性はぐっと高まる。

 女官から説明を受けながら散策をする一行の前に現れたのは濃紺の一団、宗駿皇子専属の親衛隊だった。先頭を行くのはもちろん偉明。彼の側近である体の大きい武官を含めて全員が帯刀しているものの他の兵とは違い、親衛隊は厳めしい鎧などは身に着けていなかった。
 偉明と側近の後ろに控えている数名も略式の革の胸当てや肩当を付け、帯刀をしているだけ。
 その腰にはこの女の園の後宮内を自由に歩く事が出来る印としての揃いの白い組紐が提げられていた。

 それについても説明をする担当女官は親衛隊長に挨拶をする。
 秀女たちにも自分に倣うよう促し、偉明たちも形式的に挨拶をしてくれた。

 たまたま偶然、前に出て来てしまっていた琳華は偉明と昨夜の体の大きな武官の後ろにいる四人の内の誰か一人が宗駿皇子なのだと知っていた為、必然と目で探してしまう。

 「美しい姫君たちが勢揃いで……庭に花が咲いたようだ」

 社交辞令の口上とは言え偉明から発せられる言葉に「は?」と思わず声に出てしまいそうになった琳華は袖口で口元を覆う。今、彼は何と言った?と、ぎょっとした視線はそれでも一瞬だけに留まる。いや、留めなくてはならなかった。そうしなければまた次に偉明と会う機会があったなら、絶対にグサグサと遠慮のない棘のある言葉が全力で投げられるに違いない。

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