『その秀女、道を極まれり ~冷徹な親衛隊長様なんてこうして、こうよっ!!~』
「相変わらず張隊長はお言葉が上手ですこと」
何なんだ、この時間は。
それに偉明の爽やかな笑顔――彼の偽装は完璧だ。古参の女官を前にして、まるで別人を演じている。
「実は我々も姫君たちが後宮内部の案内を受けると聞き付けまして、宗駿様より一足先に偵察をさせていただこうかと」
「あら、それなら言ってくだされば良かったのに」
「今日は晴れているせいか姫君たちの美しさが日の光に照らされて特に際立っているようだ。宗駿様にも良い報告が出来る」
女官と偉明の立ち話はそれほど長くは無かったが彼がまるで心にもない事を言っているのは明らかだった。
ぜーんぶが、建前だ。しかもかなり上等な美しい張りぼて。ただ、言葉の全てが建前だと分かっていても美麗な偉明から言われたら嬉しくなってしまう女性は多いだろう。
琳華はどうにか歪んでしまいそうになる表情を保とうと箸休めの如く大柄な武官の方を見る。
すると一瞬だけ、武官の視線は対面している琳華から見て左側に立っている軽装の兵に向けられた。その兵は偉明と同じように嘘で塗り固められた顔でにこやかに立っているのではなく、可笑しそうに笑ってしまいそうになるのを堪えているようだった。
――それがきっと、次なる皇帝の宗駿皇太子。
柔らかな面差しは鋭さのある偉明とは正反対だ。
偉明のように上級貴族の子が混じる隊ゆえに、そんな優しい面立ちの気品ある兵がいても違和感はなかった。
「姫君方、もし分からない事や心配事があれば“我々に”聞いても構わない。ご覧の通りに兵士ゆえ、些か姫君とのお話に慣れていないやもしれないが少しは頼りになるだろう」
終始にこやかな偉明に秀女たちは聞き入っている。
(これはきっと兵法の中にある話術の中でも特別な……なんて言ったら良いのかしら……スケコマシ?女タラシ?)
考え込んでしまう琳華だったが最後に偉明と視線が合った。
「では……我々はこれにて。どうぞ気兼ねなく、お気軽にお声掛けを」
偉明は長羽織を靡かせ、颯爽と去ってゆく。その布捌きの音が琳華にはちょっとだけ格好よく聞こえた。
風を切るように、真っ直ぐな背筋の一行はまさしく警備を司る宮正の女官になりたい琳華が憧れる姿のようだった。
「あら琳華様、皇子様よりも親衛隊長様に」
「え……っ」
「ずっと目で追われていましたから」
うふふ、と笑う琳華の隣にいた他の秀女の言葉。裏を返せば『皇子の正室候補として選ばれた癖に他の男を見るなんて』と言う意味にもなる。なんとも耳が痛い事実に琳華は視線を下げて波風が立たないよう、反論をしなかった。兵の中に皇子が紛れていたなど、言えるわけがない。
それはそうと、自分たちは優しい面立ちの皇子の瞳にどう映っただろうか。