『その秀女、道を極まれり ~冷徹な親衛隊長様なんてこうして、こうよっ!!~』


 「案内図を見る限り、多くの楼閣や宮は庇のついた廊下で繋がっている。巡回する道としても機能しているようね」

 ねえ小梢、と薄く開いていた窓辺にいた琳華は梢に話し掛けたつもりだったのだが「そうだな」と低く張りのある声が外から一つ。

 「ひ、ッ」
 「お嬢様?!」

 主人の悲鳴に対しすぐさまタン、と木の床を蹴る音が続く。狭い部屋ながら跳ねるように駆けつける梢は寄宿楼の外周を巡る廊下にいた人物に「あっ」と声を漏らし、頭を下げた。

 「薄桃の姫も悲鳴を上げるのだな」
 「親衛隊長様……こ、こは、ここは女人の寄宿楼でございます。いくら窓が開いていたとは言え」
 「今夜から親衛隊は秀女の身のまわりの警護も官正たちと連携し、担当する。宗駿様の為の姫君を守らねば親衛隊の名が廃る、とな」

 背の高い偉明はぬっ、と窓から琳華と梢の部屋を覗き込んだが軽く息を飲み、溜め息をはばからなかった。

 「薄桃の姫、お前たち……他の秀女の部屋を見たか?」
 「いえ……昨夜はお誘いいただきましたが案内図のあの仕掛けがあったので外に」
 「これでは布団部屋のままではないか」

 険しい表情をする偉明は軽く頭を横に振りながら「周先生、いくらご息女と侍女が非常に健康体であるとは言え……ケチったな」と呟いた。
 それを聞いた琳華と梢は顔を見合わせる。
 一応、逗留するには困らない程度には家具や調度品も置いてあるのでこれが標準仕様だと思っていた。

 「俺が(ナシ)をつけてやる」
 「な……し……」

 しかも今、一人称が変わった。
 ゴホン、と咳払いをした偉明の表情は険しいままだったが「私が周先生とその……まあ良い。内部に掛け合うから悪いが今夜はそのまま過ごしてくれ」と言う。

 「小梢、わたくしたちは特に不自由な思いは」
 「しておりませんが」

 偉明の目にはこの二人の女性の為に誂えられた部屋が『布団部屋』あるいは『物置』のままに見えた。あまりにも質素で殺風景で、いくらなんでも酷い。そしてその待遇の悪さについて二人ともがほんのりとしか気づいていない。
 一体どんな教育をしたらこんな粗末な部屋に対し疑問を抱かせないことが出来たのか。周家の屋敷は古くは無いはずで、近代的な上級貴族の屋敷である。自分の実家と変わらない造りだとしたらやはりそれは琳華の父の教えのおかげなのだろうか。それにしたって。

 「……宗駿様の正室になるであろう姫君の部屋に相応しくない」
 「ですが、あの、そのことについては」
 「分かっている。だが……煤けた布団部屋に賓客を置いておくことなどとてもじゃないが王宮殿側として示しがつかない。宗駿様の威厳にも関わる」

 意図せずどこかにカネが流れたか、と偉明は言う。
 琳華の父親が本当にケチったのかは不明だが確かに賄賂が入ったにも関わらず、布団部屋。偉明の口ぶりからするとどうやら自分たちはもう少し良い部屋に入る予定だったのだと琳華は知る。

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