「幼なじみのその先」

放課後の教室は、いつもより少し静かだった。
桜(さくら)は机の上のノートを閉じ、隣に座る陽稀(はるき)をぼんやりと見つめる。
彼は猫みたいにのんびりした表情で、少し乱れた髪を耳にかけながら、誰かと笑い合っていた。
その無邪気な仕草に、胸がちくりと痛む。

「幼なじみだから、恋なんて…叶わないよね」
心の中でつぶやく桜に、陽稀は気づかない。
犬みたいに真っ直ぐな桜の想いを、彼はただ穏やかな笑顔で受け止めるだけだった。

その日、桜は大事な教科書を家に忘れてきてしまった。
「…あ、桜、それ、貸すよ」
陽稀の手が差し伸べられる。クールに見えて、でもその瞳には優しさが宿っていた。
小さなことなのに、胸がぎゅっと締めつけられる。

放課後、二人は校庭を一緒に歩いた。
「ねえ、陽稀…私、ずっと…」
言いかけて、桜は足を止める。言葉にできない思いが、胸を押しつぶしそうだった。

陽稀も立ち止まり、桜を真っ直ぐ見つめる。
「桜…俺、君のこと…ずっと、大事に思ってた」
その一言に、桜の心臓は跳ねた。
幼なじみだった彼が、突然、特別な存在になった瞬間だった。

二人はぎこちなく、しかし確かに手をつなぐ。
陽稀がそっと桜を抱き寄せる。ぎこちないハグだった。
腕の置き方もぎこちなく、体も少し離れている。それでも、その不器用さが二人の距離感を愛おしくした。
桜もぎこちなく体を預けながら、初めて心から安心できる温もりを感じた。

「…これからも、ずっと一緒にいられる？」
「うん…ずっと」
小さな声で交わした約束は、二人だけの秘密のように暖かかった。

教室の窓から夕陽が差し込み、二人の影がゆっくりと重なる。
幼なじみのその先、やっと恋が叶った、静かな幸せの午後だった。


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