100日後、クラスの王子に告白されるらしい

11月15日、土曜日

 中庭に向かうと、一ノ瀬がホッとした顔でベンチから立ち上がった。


「おはよ、柊」

「おはよう、一ノ瀬」


 並んで座る。


「あの、先にお願いなんだけど、メイサちゃんの名前、呼ばないで」

「……柊、それが嫌だったんだ?」

「うん。私のこと好きっぽい雰囲気だけ出して、でも私のことは苗字呼びで、メイサちゃんのことは名前で呼んでるの、意味わかんないよ」

「柊、それ、気にしてたの……? いや、従姉弟なら普通名前で呼ばない?」

「……従姉弟……?」


 なにそれ。

 聞いてないよ……?

 私の顔を見て一ノ瀬が目を丸くした。


「えっ、あれ、知らなかった?」

「うん、知らないけど……」

「マジかよ。じゃあ、柊から見たら俺って、告白するって言っておきながら女マネとベタベタしてる最低な男ってこと……? 最悪じゃん……」


 一ノ瀬が肩を落とした。

 ……いや、従姉弟だとしても、一ノ瀬とメイサちゃん、近くない?


「……うん。一ノ瀬はメイサメイサって何かと言えばメイサちゃんの名前出すし、メイサちゃんもすぐ『颯に言おうか?』『颯のことよろしくね』って自分のほうが仲がいいってアピールしてきて、ほんと、最悪……」

「ごめん」

「風邪引いたときも、会ってたって言われたし、私があげたぬいぐるみのことも知ったようなこと言われて」

「それは、メイサ、いや三枝の親が飯の差し入れしてくれて、それを持ってきただけで……」

「知らないよ、そんなの」

「……そうだよな、ごめん。ワラビーのぬいぐるみも、熱でふらついてて、トイレ行くときに抱えて連れてっちゃったのを見られただけで……、あのさ」

「うん」

「柊の名前、呼んでいい?」

「……うん」

「……莉子」

「私も、名前呼びたいな」

「呼んでよ、俺のこと。俺が大事にしたいのは莉子だけなんだ」


 一ノ瀬の手が私の手に重なる。

 真っ直ぐに覗き込む瞳は潤んでいて、今にも泣きそうだった。


「……颯、くん」

「うん……。莉子、ごめん、俺、今まで気付かなくて。傷つけてごめん」

「もう、しないで」

「わかった」

「……メイサちゃんからも、できれば私にもう話しかけないでほしい。颯くんが仲良くするのは、いいよ。親戚なんでしょ。……でも、他の女の子から颯くんの話聞かされたくない」

「わかった。ごめん、そうだよな……俺だって、双葉から莉子のこと聞かされたら嫌だよ」


 颯くんの顔が近づく。

 でも、触れる前に離れた。

 代わりに手が取られる。

 手首にキスされた。

 強く吸われて、背筋がぞくぞくした。


「あと24日だ。莉子、俺のこと好きになって。頑張って挽回するから」

「……うん。颯くんのこと、ちゃんと好きになりたい」


 颯くんはちょっと笑って立ち上がった。

 手を引かれて、私も立ち上がる。


「昼飯、食いに行かない? お腹空いちまった」

「うん。私も」


 ちらっと見えた手首には赤い痕が残っている。

 ちょっと性格悪いかもしれないけど、やっとメイサちゃんに劣等感を抱かなくて済む気がした。
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