桜吹雪が舞う夜に
予感が、消えなかった。
頭に残る一つの記憶があった。
頻発するチアノーゼ。年齢問わず発症。
ーー根本的な治療法は、心臓移植ぐらいしか、ない。
症例検討会が終わり、学生たちが次々に部屋を出ていく。
残された静けさの中で、私ファイルを抱えたまま立ち尽くしていた。
「……どうした?部屋、もう閉めるぞ」
帰り支度をしていた日向さんが、ふと私に目を向ける。
「何か質問あった?一年で聞いても、雰囲気しか分からなかっただろ」
私は一度口を開きかけ、けれど躊躇して言葉を飲み込む。
それでも、堪えきれずに唇を震わせた。
「……あの」
震える声。
「さっきの病気……拡張型心筋症って。あれって……」
日向さんの表情が一瞬、固くなる。
私は視線を逸らさず、続けた。
「……理緒の病気、ですよね」
数秒の沈黙。
窓の外の夕陽が、二人の間に長い影を落とす。
日向さんはゆっくりと目を伏せ、深く息を吐いた。
「……そうだ」
胸がぎゅっと締め付けられる。
あの冷静な指導の裏に、彼自身の痛みがあったのだと、初めて気づいた。
そして、彼は低く、抑えた声で言葉を落とした。
「桜。それに関しては……俺を恨んでくれていい」
短い言葉だった。けれどその響きには、簡単には触れてはいけない重さが宿っていた。