桜吹雪が舞う夜に



彼女は少し俯いたが、やがて決心したように俺に向き直って口を開いた。

「……私、思ってたんです」
言葉を選ぶように、ぎゅっと自分の手を握る。
「日向さんが……“待てる”って、“拒んでも嫌いになんてならない”って、そう言ってくれたから……」

顔を上げる。その瞳は真っ直ぐだった。
「だから、これは“私の意思”で……したいって、思えたんです。
でも……もし、あの時にそう言ってもらえなかったら……。
焦って、恐怖のままに、ただ流されて……とても“いい記憶”なんて言えなかったと思います」

彼女の声は小さかったが、言葉の一つひとつが胸に重く響いた。

「……だから、今日のお話を聞きながら思いました。
禁止とかルールとかじゃなくて……。
“どうやって相手を大事にするか”っていう、日向さんの言葉があったから、私は救われたんだって」

頬をほんのり赤くしながら、桜は小さく息をついた。
「……ありがとうございます」

俺は返す言葉を一瞬失い、ただ視線を窓の外へやった。
窓の外の乾いた空気の冬景色を眺めながら、心の奥にじんわりと広がる温かさを隠すことはできなかった。

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