桜吹雪が舞う夜に


桜は手のひらに収まった小さな鍵を見つめ、しばらく黙っていた。
その指先がかすかに震えている。

「……こんな大事なもの、私がもらっていいんですか?」
声は小さく、戸惑いを隠せない。

胸の奥に沈んでいるのは、期待と同じくらいの恐れだろう。
“ここまで委ねてもらって、もし裏切ったらどうしよう”――そんな思いが透けて見える。

俺はゆっくりと首を振った。
「……いいんだ。そう思うくらい、俺はお前を信じてる」
言葉を切って、桜の瞳を正面から見据える。
「……大丈夫だ」

その瞬間、背後から呆れたような声が割り込んだ。

「おー、いいなぁ桜ちゃん。羨ましいわ〜」

朔弥だった。カウンター越しに腕を組み、にやにや笑いながらこちらを眺めている。

「合鍵とか、よっぽどの相手じゃないと渡さねぇよ。いやぁ、日向ってやつは本気になると分かりやすいんだな」

桜の頬は一瞬で真っ赤に染まる。
俺は深く息を吐き、低く呟いた。

「……お前は黙ってろ」

だが朔弥は、わざと聞こえるように笑い声を立て続けた。


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